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2023年12月1日

脱炭素時代にあるべき、省エネとウェルビーイングを両立したワークプレイスとは

  • 田辺 新一
    (早稲田大学 創造理工学部 建築学科 教授、スマート社会技術融合研究機構(ACROSS) 機構長)
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世界全体でカーボンニュートラルが推進されるなかで、ワークプレイスにはCO₂排出量削減などの取り組みが求められています。その一方で、従業員のウェルビーイングを増進する環境整備も、企業にとっての喫緊の課題です。省エネとウェルビーイングの両立はいかにして可能になるのでしょうか。建築環境学を専門に、建物の省エネ性や快適性を研究する田辺新一さんに伺いました。

日本とデンマークの住環境の違いを痛感し、省エネ性と快適性の両立を研究

私は早稲田大学創造理工学部建築学科で教授を務めており、建築環境学を専門としています。建築環境学とは、建物の環境性能や熱環境などを研究対象に、人が建物のなかで快適かつ健康に過ごすための要素などを探求する学問です。

建築環境学のキャリアを決定づけたのは、博士課程時代のデンマーク留学でした。デンマークは寒さが厳しい国で、真冬には気温が−20℃にも達します。そのような環境のなかで、築100年ほどの建築物の半地下で暮らしていたのですが、驚くことに住環境は非常に快適でした。建物の断熱性能が優れているからです。

この点で、日本との住環境の違いを痛感しました。例えば日本では、いわゆるヒートショック*1が要因で亡くなる方が年間10,000人以上いると推計されています。もし建物の断熱性能が優れていて、室内や浴室が一定以上の室温で保たれていれば、こうした健康被害はかなり減らせるはずです。それにも関わらず、これだけ多くの方が亡くなるのは、夏の暑さ対策を重視してきたという日本特有の要因ではあるものの、建築の環境性能を軽視してきた結果でもあるでしょう。

こうした経験が原体験となり、私は省エネ性と快適性の両立に関する研究を開始しました。1979年のオイルショックを契機に制定された「エネルギーの使用の合理性等に関する法律」(省エネ法)には長年関わり、それ以降もさまざまな立場で国の政策に携わってきました。近年では、経済産業省が提唱したZEB*2の定量的定義や評価方法の策定にも関わっています。また、再生可能エネルギー利用の大切さも理解しています。

*1 ヒートショック:温度の急激な変化により人間の血圧が大きく変動し、心筋梗塞や不整脈などを引き起こすこと。冬に多く起こりやすい。

*2 ZEB(Net Zero Energy Building):快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のこと。

地球温暖化とコロナ禍。二つの危機が浮き彫りにした、あるべきワークプレイスの姿

省エネ性と快適性はこれまで、その時代ごとにどちらかがより重視されてきました。大まかにいえば、景気が低迷している時代は「省エネ性」が重視され、景気が回復すると「快適性」が重視される傾向があったのです。しかし現在はその両方が重視されています。地球温暖化に代表される気候変動による危機が喫緊の課題となり、省エネの推進が不可避である一方、近年はコロナ禍などの影響でウェルビーイングに注目が集まり、いかに毎日を快適で健康的に暮らせるかということにも関心が寄せられています。

私はまず、地球温暖化に関連する省エネ対策が非常に重要だと考えています。地球温暖化に関する政府間機構であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2023年に公表した第6次評価報告書統合報告書では、「この10年間に行う選択や実施する対策は、現在から数千年先まで影響を持つ」と記載されています。その影響の大きさを踏まえると、カーボンニュートラルは全人類が真剣に取り組むべき課題といっても過言ではありません。

カーボンニュートラルというと、自動車の電動化によるCO₂排出量の削減をイメージされる方が多いようですが、2021年の日本における運輸部門のCO₂排出量は全体の17%程度です。また、産業部門の約35%に対して、家庭部門は約15%、業務その他部門は約18%になっており、ビルや住宅などの建物から排出されているCO₂は日本全体の3分の1にのぼります。今後のオフィスビルやワークプレイスを考えるうえでは、カーボンニュートラルは決して避けては通れない問題なのです。

次にウェルビーイングについては、コロナ禍以降に人々の働き方が大きく変化し、ワークプレイスのあり方を見直す動きが顕著となっています。リモートワークの普及は通勤時間の削減などによる労働負荷の軽減には貢献したものの、コミュニケーションの希薄化や人々の孤立を招き、ウェルビーイングを損ねる要因にもなりつつあります。また、それぞれが離れた場所で働くことで、従来は共有されていた暗黙知が失われ、新たな知識や技術が創発されにくい状況も生まれています。よって、こうした状況を解決するための施策も重要です。

以上のように、今、企業には省エネと快適性の両方が求められています。CO₂排出量を抑制しながら、人々が集まってイキイキと働ける環境を整備するということは、一見困難な要求にも思えるかもしれませんが、私は決して難しいことだとは思っていません。

省エネとウェルビーイングを両立させるには。カギは「ZEB」と「ABW」

少し前までは、省エネに関して「建物の省エネを推進すると快適性が低下する」と理解されていたように思いますが、これは端的に言って誤解だと考えています。その根拠となるのが、私が以前に行ったコールセンターでの室温に関する調査研究です*3

あるコールセンターで空調の温度と業務生産性の関係を分析したところ、快適温度から3℃高くなると受話率が6%低下することがわかりました。受話率の6%低下は30分の残業に相当します。短い時間の残業だとしても空調システムは稼働し続けるため、余計にエネルギーを消費してしまうということになり、それならば、室温を快適温度に設定したほうが、従業員の生産性の向上と省エネに貢献できます。

実際に、似たような取り組みを姫路市役所も実施していますが、室温を25°に設定したことにより業務生産性が向上したと報告していました。

また、企業活動の人件費を100とすると、光熱費はその1%程度にとどまるのが一般的です。光熱費を削減するために人的資本を損なっていては、収益面でも逆効果です。企業は「省エネ性とウェルビーイングは両立する」という前提で、ワークプレイスづくりに取り組むとよいと思います。

では、どのようにワークプレイスの省エネと快適性を両立させるのか。代表的な手法として、建物のZEB化が挙げられます。最近では、設計事務所や設備会社などがさまざまなZEBソリューションを提供しているので、そうした企業の知見を借りながら空調や照明などを見直していけば、ZEB化は十分に実現可能です。

加えて、再生可能エネルギーの導入も有効です。導入コストの高さに二の足を踏む企業も多いようですが、環境省や都道府県が提供する導入補助金を活用すれば初期費用を抑えることができますし、導入コストは中長期的にはますます低減が見込まれます。

自社ビルを所有している場合、ZEB化とオフサイトを含めた再生可能エネルギーの導入を両輪で進めていけば、運用時のカーボンニュートラルを実現するのはそれほど難しくありません。また、賃貸オフィスに入居している場合でも、再生可能エネルギーによる電力の環境価値を証書化した「非化石証書」を購入することで、カーボンニュートラルに対応できます。ただし、サプライチェーンを含めたScope 3のカーボンニュートラル達成には更なる努力が必要であり、最近話題になっているエンボディド・カーボン*4へも配慮すべきです。

また、ウェルビーイングの増進については、ABW*5が効果的です。ABWは従業員に選択の自由を与え、それぞれが自分の選んだ環境で仕事に臨めるため、業務生産性やワークエンゲイジメントの向上が期待できます。

一方で、やみくもにABWを導入しても逆効果になることがあります。以前、私を含む複数の研究者でABWの導入実験を行ったところ、半数以上の従業員が「他人の会話がうるさい」「自分の話し声が他人に聞こえてしまう」といった、音環境に関する不満を漏らしました。それを受け、予想されるコミュニケーション量に合わせて各スペースのレイアウトを変更すると、不満の声は減少し「業務生産性が高まった」という声が増加しました。

ABWを導入する際には、従業員間のコミュニケーションを促す動線設計や、イノベーションを創発するためのスペースの設置などが重視されがちです。もちろんそれは誤りではありません。しかし先ほどの研究のように、執務スペースと交流スペースが近すぎたり、動線設計が音環境を考慮していなかったりすると、逆に従業員の業務生産性を低下させ、ウェルビーイングを損ねる要因にもなってしまいます。そのため、ABWを導入する際には、自社の規模や業務内容などを踏まえ、設計に専門的な知見を取り入れながらワークプレイスを構築することが重要です。

さらに別の研究では、快適性や利便性が考慮されたウェルネス性能の高い建物でABWを実施すると、ワークエンゲイジメントの高い従業員ほど、満足度や業務生産性が大幅に上がることが分かっています。こうしたことからも、ワークプレイスが従業員のウェルビーイングに与える影響がうかがえます。

*3 コールセンターでの室温に関する調査研究:Shin-ichi Tanabe, Kozo Kobayashi, Osamu Kiyota, Naoe Nishihara, Masaoki Haneda, The effect of indoor thermal environment on productivity by a year-long survey of a call centre, Intelligent Buildings International, Vol.1, No.3, 184-194, 2009

*4 エンボディド・カーボン:建物やインフラの建設、改修などに際して排出される温室効果ガスの生涯にわたる総和のこと。

*5 ABW(Activity Based Working):オフィス内に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。オフィス面積を単純に減らすフリーアドレスとは異なる概念。

ファシリティマネジメントの役割は「ワークプレイス戦略を実行し、新たな働き方を提案すること」

昨今、従来型の「人が増えたら、ワークプレイスの面積も増やす」といったワークプレイス戦略が機能しなくなりつつあります。これからの企業におけるファシリティマネジメントは、「設備が壊れたから直す」といった受動的な役割から、「ワークプレイス戦略を実行し、新たな働き方を提供する」という能動的な役割に変わっていくでしょう。近年は大学や研究機関でもワークプレイスに関する研究が進んでいますし、不動産会社や建設会社など民間企業との連携も盛んです。ぜひ多くの企業にこの輪へ加わっていただき、ともにカーボンニュートラルの実現とウェルビーイングの増進に取り組みたいと思います。

著者プロフィール
  • 1958年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。デンマーク工科大学暖房空調研究所、お茶の水女子大学家政学部専任講師、カリフォルニア大学バークレー校環境計画研究所、早稲田大学理工学部建築学科教授、デンマーク工科大学客員教授等を経て現職。工学博士。第57代日本建築学会会長(2021~2023年)、資源エネルギー庁省エネ小委員会委員長など

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