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NTT日比谷ビルの60年 - オフィスと環境技術の変遷 -

横田 昌幸(東京理科大学 非常勤講師 /(一社)東京建築士会 理事/元NTTファシリティーズ常務取締役建築事業本部長)

1.はじめに

NTT日比谷ビルは1961年竣工であり,撤去予定の本年(2022)で61周年となる。日本電信電話公社(以下電電公社)の本社ビルとして 24年,1985年の NTT発足,1996年の初台への本社移転,1998年の NTT再編と大きな変化を経て,日本の情報産業を牽引するNTTグループのヘッドオフィスとして歴史を担ってきた。周囲がバブル期を経て高層ビル化する中、NTT日比谷ビルは竣工当時とほとんど変わらない端正な美しい姿を現在まで残している[図1]

NTT日比谷ビルは近代オフィスビルの系譜において大きな位置付けを得ているものであり、当時の最新鋭の環境技術も導入して、考え抜かれたオフィスデザインは近年の最新のオフィスビルと比べても遜色の無い、先見性を持つものであった。特に興味深いのは「使われ方の変化」ということを当初から念頭に置き、設計のコンセプトとして位置付けていたということである。またオフィスビルへの本格的な空調設備の導入に伴って、近代が生み出した新たな機械設備を建築に統合させる事こそが、これからの重要な建築デザインのテーマであると認識していたことも注目に値する。

情報通信技術の進歩はオフィスにおいての働き方も大きく変化させた。NTT民営化時にはパーソナルコンピュータの発明と普及が始まり、同時にオフィスのOA化(オフィスオートメーション化)が言われ、その後のオフィスの使われ方を大きく変化させたし、1990年台に入ってインターネットの普及と共に携帯電話の誕生があり、オフィスにおけるコミュニケーションや情報通信端末の姿も様変わりした。今世紀は環境の時代を迎え、省エネでより快適な環境技術がオフィス環境を向上させるために考案されて来ているが、AIが登場して、オフィス空間はより創造的で人間らしい、より人間中心の生活空間へと変貌しつつある。NTT日比谷ビルは、これらの大きなオフィスの利用の変化にも対応して価値向上と経年劣化対応の改修を行い、常に「時代に最適なオフィス環境」をつくり続けてきたと言えよう。

本稿ではNTT日比谷ビル60年の歴史を、NTT本社ビルとしての利用の変遷とオフィスビルのデザイン、環境技術の変遷を重ね合わせて辿ることを試みる。表題の「環境技術」はオフィス環境並びに環境設備、すなわち照明、空調などの機械設備を意味しており、建築と設備との統合をテーマに設計されたNTT日比谷ビルが時間と共にどのように変化し、オフィス環境のために作り込んだ建築的配慮が、その後の設備技術の革新に如何に対応できたのかを観る事は建築の長寿命化へのヒントも与えてくれるように思う。

図1 日比谷通り側からの西面外観(夕景) 図1 日比谷通り側からの西面外観(夕景)

2022.4.6 撮影 横田昌幸

夕方の西日がステンレスの箱型手摺の水平ラインを輝かせ、際立たせている。当初から西立面のガラスに用いられた熱線反射ガラスはミラー状になり日比谷公園の緑を映す。劣化改修工事により外樋化された、通り芯上の雨樋は鋼製サッシの方立てと重なってほとんど目立たない

2. 近代的大規模オフィスビルの誕生 - 電電公社本社ビルとしてのスタート

電電公社の発足は1952年であり、1949年に郵政省と分かれた電気通信省は急増する電話需要に応えるため電信電話事業を行う事業会社である電電公社に移行した。NTT日比谷ビルの土地取得は前年の1951年で、早々に本社ビルをこの地に作る検討が進められた。電電公社は最盛期職員数30万人の巨大組織であったが、官公庁と異なる独立採算の事業体であり、当初より経済合理性を重んじる風潮があった。設計においては、敷地の有効活用を図るため最大限の床面積を確保する事が試みられた。基礎工事の着工は1957年の5月、完成は1961年の1月であり3年8ヶ月の大工事であった。地下4階地上9階、延床面積75,489㎡の、当時では東洋最大と言われた旧丸ビル(60,345㎡)・旧新丸ビル(65,600㎡)を超える最大級の事務所ビルが誕生した。

2.1 使われ方の変化に対応するために取られた工夫

2.1.1 6,000㎡のメガプレートオフィスを9層積む

「メガプレートオフィス」は基準階の床面積が5,000㎡を超えるオフィスで、広いワンフロアの床面積は、部署の拡大・縮小、自由なレイアウト、密度の大小などで許容度が高く変化に対応できるものであるとされている。六本木ヒルズの森タワー(基準階床面積5,400㎡2003竣工)ができた頃から、フレキシブルなオフィス利用が可能であるとして変化の激しい、規模の大きな企業組織に向いていると考えられ、NTTグループにおいても秋葉原UDX(基準階床面積6,000㎡)、品川シーズンテラス(同6,300㎡)が作られている。NTT日比谷ビルの基準階床面積は6,000㎡と大きく先駆的なメガプレートオフィスと言えるが、電電公社本社のような巨大組織を収容するオフィスビルの平面計画としては、大きな床面積は組織の変更や増殖に柔軟に対応する事ができる極めて重要な特性であろう。

1950年に建築基準法が出来たが、都市計画の観点からは戦前から続いていた市街地建築物法による100尺制限(31mの絶対高さ制限)と建蔽率70%を継承しており、現在の我々に馴染みの深い容積率の考え方は存在しなかった。日比谷電電ビルの設計においては31mの絶対制限と70%建蔽率の制限の中で最大容積を確保しようとした訳であり、設計の工夫により、通常より1層多い(丸ビル、新丸ビルなどは8層)地上階9層地下4層の容積を確保したことは土地の有効活用を最大限考慮したものであると言えよう。建築基準法に容積地区制度が導入されたのは1962年の建築基準法改正からで、同時に100尺制限も廃止された。内幸町1丁目地区では、この日比谷電電ビルの容積が基準となって都市計画の指定容積900%が設定され、現在に至っている[図2]

図2 NTT日比谷ビル断面図 図2 日比谷電電ビル断面図

階高は3,384mm、天井高2,600mmで統一され、高さ31mに9階挿入されている。全周フルハイトのガラスカーテンウォールで、その外側を幅1,800mmのバルコニーが取り巻いている。

2.1.2 センターコアとオープンオフィス

日比谷電電ビルの平面は柱間7mのグリッドで構成されており、徹底した同一スパンとなっている。中央の2コマ×8コマをセンターコアとし、その周りの3スパン21メートルをオフィスゾーンとする平面構成をしている。4つの耐震壁を兼ねる防火壁で1000㎡の4つのオフィススペースを構成し、空調区画をこれに整合させている。防火壁にはオフィススペースをつなぐ開口部が設けられていて、オフィススペースはドーナツ状に繋がり、さらに大きなフレキシビリティをもたらしている。細かな固定間仕切りの存在は多くの場合レイアウト変更に際し、大幅な設備の移設や、床壁天井の補修工事を伴いコストもかかるものであるが、これらを排除し、見通しの良い大空間のオープンオフィスを実現した。

2.1.3 自由な外壁と内壁 - 最小間仕切り区画3.5m角のオフィスモジュール

空調区画として一体の1,000㎡のオフィススペースは3.5m×3.5mの最小間仕切り単位としてのオフィスモジュールで構成され、区画モジュール単位毎にシステマティックに照明器具や空調吹出し口、放送設備、警報設備などが組み込まれたパネル天井と共に自由な変更を可能とする間仕切りシステムが用意されていた。2.6mの一定高さの天井は、統一された規格の組み立て式移動間仕切りを随時移動可能にしたし、当時としてはかなり高い天井高さで、19mの奥行きの深いオフィスに広がりをもたらしている。外装は1.75mモジュールの統一されたスチールサッシで、床から天井までのフルハイトのガラス壁(CW)を構成して一様な明るさの自然光と見晴らしをオフィスに届けている。オフィス内可動間仕切りは外装スチールサッシの方立てに合うようになっている。今では当たり前のオフィス計画になっているが、奥行きの深い大きなオープンオフィスを可能にしたのは、人工照明技術の進化と空調技術の進化であり、これらのオフィス環境技術を建築計画にシスティマティックに取り入れたオフィス空間を作り上げている。

2.1.4 余裕ある共用部分と災害時安全性の確保
日比谷電電ビルの特徴は余裕ある共用部分の構成である。3m幅のコアを取り巻く廊下と品格のある大きなエレベーターホール、エントランスから屋上まで貫く直通大階段、4m×7mの区画にゆったりと入れた常用を前提とした、有効幅1.4mの4つの階段室。これらの共用スペースは空間の骨格を明確に作り、大きなオフィスフロアを結ぶ動線をわかりやすく構成している。またエレベータの数、階段の数共に、現在の必要とされる基準以上が設けられている。さらには各階オフィスの周囲には1.8mの幅広いバルコニーを設け、道路に面して各階避難設備を設けてプラスアルファの災害時安全性を確保していた[図3]

図3 基準階(3階)現況平面 図3 基準階(3階)現況平面図

東西南北の4つのオフィスゾーンがコアを取り巻く平面計画となっている。階段は中央大階段の他、コアを取り巻く廊下に面して1,400mm幅の避難階段が4箇所も受けられている。

2.2 建築と設備の統合 - 初めての全館オフィス空調

電電公社は電話局における通信機械室空調のために空調技術については進んだ経験を有していたが、オフィスの空調については、日比谷電電ビルの全館空調が初めてであった。設計意図に単独項目として「全館空調とする」ことが挙げられているのは、これが大きな課題であったためと思われる。実際、この全館空調がオフィスの建築計画を大変革したとも言える。空調がない時代のオフィスは、夏の高温、高湿度を克服するために通風を確保することが課題だった。窓を大きく設え、室の奥行きを浅くし、間仕切り壁に欄間を設けて夏季の通風を取っていた。自然採光と合わせてオフィスの奥行きは天井高さの2.5倍が限度とされ、オフィスの奥行きは7.5m程度までとするのが常識だったのである。

2.2.1 建築平面と整合したゾーン型オフィス空調システム

各階、1,000㎡毎に防火壁で区切られた四つのオープンオフィス区画で構成されているが、空調区画はこれに合わせ、方位別に4ゾーンの各階ゾーンユニット方式が採用されている。ゾーン毎にエアハンドリングユニット(空気調和機)を設置し、ダクトにより天井面のアネモスタットから給気し、部屋内リターンで廊下側のガラリからリターンを取る方式である。ゾーン毎に負荷に応じて自動調整するゾーンコントロールシステムが導入され、きめ細やかな制御が可能であった。基本的には現代でも最も採用されている方式で、完成度の高さに驚かされる。天井高さを空調ダクトの為に下げることが無いよう、空気調和機室側のスパンは全て梁成を400mmとし、平角ダクトを這わせ、大梁には予め規則的にスリーブを入れて、そこから同径のスパイラルダクトを窓側の吹き出し口まで敷設している。バランスの良い耐震壁の配置や、梁の設計、SRC構造の採用なくしては出来なかった、設備計画と一体となった構造計画となっていた。

2.2.2 ペリメータレス空調 - 建築的工夫による外装周りの負荷の低減

日比谷電電ビルには4周に奥行きの深いバルコニーが配されているが、これの主目的は日照コントールである。オフィスの窓際のエリア(ペリメーター)は、外部の気象条件の変動を受け易い、熱負荷の変動の大きいエリアで、ペリメーター空調を行うことが多い。日比谷電電ビルの場合は、ペリメータ部環境性能向上のため、バルコニーを配して日射負荷を軽減することや、熱線吸収ガラスやペアガラスの採用、サッシの気密性能を上げるなどして、建築的な対策により、熱負荷を下げ、環境性能を確保している。現在ではガラス外壁を二重にするダブルスキンCWなどでペリメータレス空調を実現している事例があるが、建築的対処は運用エネルギーの軽減において極めて有効と言える。日比谷電電ビルのケースではピロティ上部に当たる3階のペリメータ部分の冷輻射が厳しく、建築的対処として、完成後数年で当該部分の床スラブ下断熱材吹付工事を追加実施している。

3. NTT民営化 - インテリジェントビルとオフィスOA化の進展

1981年に後にNTT社長となる真藤恒総裁が着任してから電電公社の組織改革は急速に進められた。既に積滞解消は達成され電話事業の伸びは頭打ちになり、新しいデータ通信事業などが大きく伸びて、新たな情報通信サービスの時代が訪れようとしていた。事業構造の変化に伴い、事業部制へと大きな組織変更が行われ、それまでの予算主義による硬直的な計画事業運営は変革された。1985年にNTT民営化が実行され、新たな未来に向けた情報通信網の構築が構想された。INS(Information Network System高度情報通信システム)構想はアナログの電話網と情報通信のデジタル網や映像ネットワークを一つのデジタルネットワークに統合して光ファイバーで結ぶ高速大容量のデジタル網(ISDN)を新たに構築するもので、NTTの構築する新たな情報通信インフラが社会やビジネスを大きく発展させると期待が集まった。情報通信革命が言われ、企業も専用線を活用した各自の情報通信システムを構築してビジネスの情報化革新を図った。日本企業も80年代にグローバル化が進み、世界で活躍する企業が増え、NTTには企業通信システム本部が出来て企業への情報化コンサル業務が拡大した。建築界ではインテリジェントビルブームが起き、オフィスオートメーション(OA)と共にビル設備システムのオートメーション(BAS)が提案された。NTTは先陣を斬ってNTTBASを開発し、社会の要請に応えた。オフィスには様々な情報端末、ファクシミリ、事業システム用の専用端末などが入り、机上には大きなブラウン管のモニターが並んだ。バブル期は24時間勤務するモーレツ社員の時代であったが、情報化オフィスの環境構築のためにニューオフィスの必要性が言われ、端末作業用の椅子や机のオフィス家具のデザインや、グレアレスの照明環境、きめ細やかな快適空調など、オフィスにもそのための環境づくりが求められた。NTT日比谷ビルの場合も同様に以下の課題に直面した。

3.1 消費電力量の増加と機器発熱への対応 - 付加空調の随時導入

情報通信端末の増加は消費電力量を著しく増大させ、機器発熱により空調負荷が増大した。受電容量増加のため電源更改工事と付加空調工事が必要となった。1985年頃オフィス空調としても実用化した空冷ヒートポンプ型空調システムは、付加増大に対応して逐次増設が可能な分散型システムで、四周に配置されていたバルコニーを設置場所として簡便に対応が可能であり、熱源システムの更改工事を伴わないため、極めて低コストで対応が可能であった。窓側のペリメータ部オフィスの自由な部屋割りの小間仕切りを可能としたのはバルコニーが有ったからでもある。バルコニーは無足場工事として機能し、仮設工事費の削減にも貢献した。そのため既存のゾーンユニット空調システムやダクト配管をそのまま生かして併存させ、現在まで稼働させて来ている。

3.2 オフィス内配線を考える - 二重床とタイルカーペット

NTT日比谷ビルには当初、コンクリート床スラブ内に配線ダクトが埋め込まれており、50cmピッチで取り出し口が設けられていたが、多くの情報機器がオフィスに氾濫するようになり、配線は床上に溢れ出すようになった。当時の米国の情報化オフィス事例ではフラットケーブルとタイルカーペットを用いて床上配線を可能にすることがスタンダードで同時に鉄骨造の床デッキプレートの凹凸を利用して容量の大きなフロアダクトを併用することが行われていた。NTTでも電話線や電源線のフラットケーブルとタイルカーペットを使い、あと施工のフロア配線を行うことが施行された。しかしながら、映像用の同軸ケーブルや専用端末への情報ケーブルはフラットにはならないし、オフィスの情報機器の量は増加の一途であり、今後更に増加が見込まれることや、将来のレイアウト変更への対応を考えるとフリーアクセスフロア(二重床)が必要であるとの結論に至った。

NTTはデータ通信機械室で大規模にアルミ製フリーアクセスフロアを常用し、仕様規定も作っており、オフィス用に低床のフリーアクセスフロアを開発することは自然であった。NTTによるインテリジェントビルの提案ではレイアウト変更が簡単にできる情報化オフィスに低床型フリーアクセスフロアは定番だった。一方で建築界では当時まだコストの高かった二重床を新築のオフィスビルに導入することに及び腰だった。オフィスの広い空間に、二重床を設置することにより天井高が下がるのは不適切としたのである。民営化とほぼ同時に設立された、NTT都市開発は、野村證券や海外の証券大手が入るアーバンネット大手町ビル(1987年完成)を計画していたが、当初からオフィス用低床二重床とタイルカーペットを前提として建設した。以降、多くの賃貸オフィスビル事業を手掛ける大手不動産会社に先駆けて、全てのオフィスビルにおいて二重床を標準仕様とした。オフィスの二重床設置が一般化したのは新東京都庁舎(1990年完成)から、だと考えている。東京都は新庁舎の情報化にNTTからコンサルティングを受けていたが、設計を担当していた丹下事務所はすでに着工して工事が進んでいた新都庁舎のオフィスに全面二重床設置の設計変更を決断したのだ。階高や天井高を変えることなく、Fデッキを導入することで床の断面構成を変えて5cmの薄型のフリーアクセススペースを生み出したのだった。この丹下の英断はその後オフィス用フリーアクセスフロアのコストが極端に下がることにも繋がり、更なる利用の拡大となった。NTT日比谷ビルでは75mmの低床型の鋼製二重床が用いられている。NTT日比谷ビルのオフィス天井高は2.6mで他の大規模オフィスビルに比べても十分な高さがあり、二重床設置を容易にした。少しでも配線容量を得るため床パネルは薄型の鋼板製が選定された。

4. 価値向上と機能劣化への対応 - NTTコミュニケーションズ本社ビルへ

1996年の新宿新本社ビルへの本社移転を機会として、NTT日比谷ビルではオフィススペースを新しいオフィスビルと比べて遜色ないレベルの情報化オフィスへと大改修を行った。床は全面鋼製フリーアクセスフロアにタイルカーペット張り、天井は鋼製下地として不燃化を行うと共に耐震性を確保し、プラスターボード下地の上に岩綿級音板張りとして吸音性能の確保を図っている。照明器具も深型グレアレスとして高効率三波長菅蛍光灯の全面設置で消費エネルギーを大幅に削減している。また空調機械室並びの4m幅のオフィスサポートゾーンには情報通信用専用ケーブルシャフトを新たに設けている。このゾーンはサーバールーム等として各オフィスゾーンをサポートする機能を担う事となった。また天井改修に合わせて、各スパンに前出の空冷ヒートポンプ空調機を一様に全周設置して、ペリメータ環境の快適性の向上と、個室化レイアウト変更への対応を行っている。NTT日比谷ビルは当初設計意図通り、大部屋のオープンオフィスとして多様なデスク配置を可能にし、使われてきたが、オフィス内のスタッド型パーティションは二重床の導入と共に使われなくなった。同時にパネル型パーティションが汎用商品として一般化した。スタッド型パーティションは上下スペースを空気の環流のため開けることで、天井吹き出し、部屋内廊下経由のリターンのために空調システムと一体化して設計されていたが、空冷ヒートポンプエアコンは天井埋込で天井吹出し天井リターンで各部屋完結のため開口部なしのパネル間仕切りで問題無い。現在は情報セキュリティが言われ、セキュリティ上完全区画する部屋が必要である事も多いため、むしろ好ましい場合も多い。NTT日比谷ビルのバルコニーは新たな空調システムを柔軟に受け入れるに十分な機能を発揮した。また空冷ヒートポンプ空調システムによって、全く自由な、天井までの固定間仕切りを自在に配置できる事にもなった。改修計画に更に大きな自由度をもたらしたのである[図4]

図4 9F空調ダクト図 図4 空調・照明設備、天井、床改修後の日比谷通り側オフィス現況

2022.5 撮影 山田新治郎

床は鋼製二重床にタイルカーペット、天井はプラスターボード下地岩綿吸音板張り(1,750モジュールに合わせて437.5mm角タイル)仕上げ。ペリメーター部にブリーズライン、中央部に空冷ヒートポンプ方式の天井埋込型空調機が新たに設けられている。吹き出し口に気流拡散のための羽根ガイドがついている。屋外機は眺望上気にならない位置に配置されている。

4.1 機能劣化への対応 - メンテナビリティという概念 雨樋・外樋化改修
 

1999年には東芝のNTT日比谷ビルからの退出に伴って同様のバリューアップ工事を当該4フロアに渡って行う事となり、全館の大改修が完了した。これに伴い全館の機能劣化への対応として、屋上防水や外壁の補修、塗装替が実施された。ここで特筆すべきは屋上改修に伴って全館の雨樋(竪樋)の取替えが行われたが、バルコニースペースを活用して外樋化が行われた事である。オフィスに持ち込まれた様々な専用線端末の存在や、個別の事業用の業務用のシステムが雨漏りによって損傷する事象が、他物件で起きたこともあり、またその後のメンテナンスや取替えを考えれば、樋は基本的に外樋とする事がNTTの通信ビルのルールでもあった。当建物はオフィスビルである事もあって、樋は美観上ガラス壁の外側に出ることを嫌い、外周の柱と鋼製サッシの間に内樋として設けられていた。取替え工事は執務中のオフィス内での工事となることを避け、旧樋を残置して、新竪樋をバルコニー内、サッシの外側に新たに設置している。バルコニーが配管隠しとして機能している上に、黒く塗装された外樋はサッシの縦方立と重なって殆ど気にならない。こうして空冷ヒートポンプ空調システムの屋外機置き場や配管スペースと並んで、雨水の排水処理システムもバルコニーに設置された。NTTは同時期、大型の研究施設の新設を行っており、研究用の設備システムの更改が多い研究所では設備システムや縦横配管のスペースとしてメンテナンスの容易な設備バルコニーが提案されていたが、NTT日比谷ビルのバルコニーは同様に将来の変化に対応し易い設備バルコニーとして機能することにもなった[図5]

NTT日比谷ビルにおいては、材料の選定において、メンテナンスのし易さや耐久性を考慮してデザインされているため、劣化対応の工事については記録も少ない。痛み易いとされる鋼製サッシも、深いバルコニーに守られて雨掛りを免れ、耐久性の高いボンデ鋼板の採用や、雨掛りになるバルコニー手すりやサッシの 沓摺りや下枠には積極的にステンレス鋼を採用している事が効果的に作用している。60年経った現在でも十分に使用に耐えていることはその証でもある。鉄部を長持ちさせることにメンテナンスの重要性を改めて強く説いたのは、実は電電公社最後の総裁真藤恒だった。真藤総裁は石川島播磨重工出身で船のプロだった。着任早々通信施設を見て回ったが、放置されているフェンスや鉄塔の錆があちこちで目に付いた。船においては僅かな錆は命取りになる。鉄部は錆びさせてはいけないし、放置した途端一気に劣化が進む。怒鳴りつけられた建築部は、すぐ様、塗装仕様の見直しを行い、点検、改修のマネジメントをルール化した。この運動はペイントイノベーションと呼ばれ、建築外部の鉄部に塩化ゴム系塗料(いわゆるマリンペイント)を塗ることを標準化した。塗装替え周期が伸びれば多少の塗料代の増加は十分採算が合うという算段であった。

4.2 アメニティの向上とセキュリティ - NTTコミュニケーションズ本社ビル

NTT再編に伴って1999年NTTコミュニケーションズが発足し、NTT日比谷ビルはNTTコミュニケーションズの本社ビルとして、2018年の大手町プレイスへの移転まで19年間使われた。日本を代表する情報通信企業の本社ビルにふさわしい、接客スペースや1階メインエントランスのイメージ作り、共用部のグレードアップなどが行われたが、オフィス環境の造られ方についても、各階に2箇所のオフィスゾーン内のリフレッシュスペースや、9階の役員ゾーンなどにおいて斬新なオフィスが計画された。役員ゾーンでは全てフルハイトのガラスパーティションで斬新な個室レイアウトがされたが、全てが見通せる、コミュニケーションの良いオフィスが作られた[図6]。もともと外部サッシは全面ガラスサッシで、日比谷公園の緑まで見通しが効く開放的なオープンオフィスであったことを生かして、セキュリティ区画とプライバシー確保をしつつ、視覚的に繋がるオフィスが試みられた。ここでは旧来のゾーンユニット方式の空調システムを撤去し、パッケージ空調機を天井埋め込みにしてブリーズライン吹き出しのビルマルチ型空冷ヒートポンプ方式に置き換えた[図7][図8]。バルコニーに設置された屋外機は眺望を妨げない位置を配慮して設置されている。また、全館ICカードによる出入り管理を行うセキュリティシステムを導入し、玄関のゲートはもとより、各階それぞれのオフィスゾーンに入場するためのゲート管理を行った。このセキュリティ管理システム導入とともに、従来自由に出入りすることが可能であったバルコニーは管理上の問題から外に出ることは禁止された。

4.3 災害対応とレジリエンス

地震災害に対する建物の耐震構造強度は、建設時点での法令基準で作られているが、その後の地震災害から得られた知見によって、法令は見直され、新たな基準が作られてきた。また建築の耐震構造設計においても、コンピュータプログラムの開発などにより、動的解析が容易に行われるようになった。NTTでは法令適用外の既存の建築物についても、現在の耐震構造基準に照らし安全性を検証し、必要に応じて耐震補強工事を実施する事で、現行基準を満足する建物に改修している。NTT日比谷ビルの場合、1981年の新耐震基準や1995年の阪神淡路の大震災、2005年の耐震偽装の問題などを経て、構造設計の基準や耐震強度に関する評価の仕方など、より厳しいものに変わって来ているが、当初設計が十分な安定した強度を持っており、安全性に全く問題が無い事が判っている。古い建物では極めて稀と思われるが耐震構造補強の工事履歴は無い。NTTは法令とは別に、より厳しい独自の耐震構造基準を有しているが、その基準においても耐震1級を維持し、安心して使われてきた。災害時に対策本部が置かれる災害拠点となる建物として信頼度の高い建物であった。

火災に対する対応も冗長度が高い。1970年には1階2階部分の開口部の全てに防火シャッターが設けられてテロを含む火災対策が採られた。3階以上はバルコニーが一定の妨げとなって開口部を守っている。またこのバルコニーにより上部階への延焼は起こらない。火災時の避難についての避難施設も十分であり、NTT日比谷ビルにおいては短時間で全館避難も可能である。建物の安全性の担保は継続的な使用において何より重要な要素であろう。

図5 設備バルコニーとして利用されるNTT日比谷ビルのバルコニー 図5 設備バルコニーとして利用されるNTT日比谷ビルのバルコニー

2021.5撮影 横田昌幸

柱の裏側の鋼製サッシの下部を改造して空調用の冷媒管スリーブを設けている。バルコニー手摺子の足元には電線管が横引きされプルボックスが見える。柱位置に外樋改修された雨樋が通っている。

図6 9F現況平面図 図6 9F現況平面図

日比谷公園に面した西側が一新した役員ゾーン

図7 9F空調配管図 図7 9F空調配管図

バルコニーを活用して空冷ヒートポンプ空調システムを配置

図8 9F空調ダクト図 図8 9F空調ダクト図

南北東は従来のゾーンユニット空調を残し、西ゾーンは全て空冷ヒートポンプ空調に更改

5. おわりに

本建物は使用の変化に対応してバリューアップと劣化対応の改修工事を逐次実施しながら60年にわたり、常に時代に最適な大規模オフィスとして機能し続けてきた。変化への対応が可能なオフィスビルとして、進化する建築設備システムに対応可能な当初計画の建築の骨格はほとんど変わっていない。多様な機能を収容出来る大きな床面積、建築部位の配置換え取替えを想定したオフィスモジュール設計、極めて安全な耐震構造、環境調整のために設けられた多機能のバルコニー。日比谷電電ビルの設計者である國方秀男は特にこのビルを特徴づけるバルコニーが複数の価値を生むことを以下のように語っている。「このバルコニーは日照のコントロール、外部騒音の緩衝地帯、一種の水平防火壁、非常時の避難通路としての役割を果たし、さらには建物の保守上の足場とならしめ、或いは職員の憩いの場となるものなのである。」日比谷電電ビルのバルコニーは、これらの価値を十分に提供して来たが、これまで見て来たように、國方が想定していなかった、時代の求める情報化オフィスへの利用の変化に対応するための新たな空調設備システムを収容するための設備バルコニーとしても特に大きな価値を生む事となった。それは建築と近代設備の統合をめざした日比谷電電ビルらしい、適切な使われ方であったと思う。

参考文献

1)日比谷電電ビル 日本電信電話公社 日本電信電話公社出版,1961
2)「日比谷電電ビルディング」建築文化 1961.3
3)「建築設備と制御装置, 日比谷電電ビルの場合」日本電信電話公社建築局設備課, 国際建築 1961.3
4)「日比谷電電総合ビル建物概要」国方秀男, 電気通信施設13(4), 1961.4
5)「日比谷電電ビルディング」建築 1961.4
6)「日比谷電電ビルの冬期における室内気候について」平間重義, 建築局保全課調査係, 建築技術ニュース2. 1966.8
7)「NTT日比谷ビル『リニューアル』」下瀬敏明 宮本収司 齋藤仁 竹林荘哲 松井清直, NTTファシリティーズジャーナル204. 1997.7
8)特集NTTファシリティーズ まもりぬくデザイン, 新建築 2007年7月別冊

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