前回は、お天気キャスターのパイオニア・森田正光氏に、経済活動と気象の意外な関係について語ってもらいました。私たちの行動が異常気象の一因となる中で、企業、そして、個人にどのような意識変革が求められているのでしょうか。今回は、森田氏に、異常気象時代を生き抜くためのヒントについて語ってもらいます。
【プロフィール】
森田 正光(もりた まさみつ)
気象予報士。株式会社ウェザーマップ会長。財団法人日本生態系協会理事。1950年愛知県生まれ。当時気象庁の外郭団体だった日本気象協会を経て、41歳(1992年)の時に独立。同年9月、株式会社ウェザーマップを設立し、フリーランスのお天気キャスターとして活動を始める。分かりやすいお天気解説と、親しみやすいキャラクターで、テレビやラジオの天気予報には欠かせない人気者となる。2002年には、気象予報士の養成講座を運営する株式会社クリアを設立。後進の育成にも力を注ぐ。
鉄道会社の大英断に学ぶ「決断する勇気」
―― 異常気象に備え、企業はどのように対応していけばいいのでしょうか
それには、2つの視点があると思います。まずリスクをいかに想定するのか。そして、もう1つは、異常気象によるビジネスへの悪影響をどのように軽減するのか、という視点です。
前者は、どこまでのリスクを想定し、実際にどこまで事前対策をやるべきかという課題があると思います。後者は、手がけている事業によって取り組むべきことは異なるでしょうから、一概には言えません。
ただ、いずれにしろ気象の世界では想定外の事態が続出しています。「いつか来る」ではなく、「必ず来る」と覚悟を決めて、対策を練っていただきたいですね。
―― 類のない災害が頻発する今、いかにリスクを想定すればいいのか、悩ましいところがあります
公共のインフラ整備を例に出すと、東日本大震災以降、どこまで整備すればいいのかが大きな問題となっています。
もし1000年に1回の大地震に備えて、インフラを整備するとしたら、そのコストは膨大なものになるでしょう。そこでは、300年もつ防波堤をつくったとしても、ダメということになります。100年に1回の災害ならまだしも、1000年に1回の災害に完璧な形で備えるのは、現実的ではないように思えます。
企業も同様で、すべてのリスクに対応することはコスト的にも不可能でしょう。物理的に対応できない部分は、「自然災害は必ず起こるものだ」と教育によって周知するとともに、災害が発生した際の行動指針をマニュアルにまとめ、シミュレーションしておくことが必要だと思います。
―― 被害軽減という点については、どう考えればよいのでしょうか
これは先ほども申し上げましたが、企業の事業内容によって取り組むべきことは異なりますので、ひとくくりには語れません。ただ、2018年9月30日に、台風24号の直撃予報を受けて、首都圏の鉄道会社が思い切った計画運休を実施したことが、1つの見本になるのではないでしょうか。
これまで多くの気象災害をみてきました。しかし、夜にやって来る台風に対し、鉄道会社が午前中の段階で電車を全面的に止める判断を下したのは初めて見ました。
――もし台風がそれていたら、難しい立場に置かれたかもしれません
確かにそうですね。しかし、予想通り、都内では風速39m以上の強風が吹き荒れて、大変なことになりました。
これまで経験したことがない気象災害が急増する現代では、たとえ予測が外れたとしても、そのリスクも見越した上で、決断する勇気が企業には求められていると思います。
私は、この鉄道会社の対応を、今後企業が手本とすべき、大英断だったと高く評価しています。
緩和に向けた「企業の責任と行動」
―― 異常気象を緩和する取り組みも求められるようになっているといいます
気象研究の最前線では、異常気象に温暖化がどれくらい関わっているかというのが、現在最大のテーマとなっています。その関連性を解き明かすのは、なかなか難しいのですが、現在得られている知見では、温暖化の影響で、雨に関しては10%〜20%くらいの増量効果があると言われています。
企業が温室効果ガスの削減に取り組み、温暖化が緩和されれば、豪雨被害も減じるのは間違いありません。
―― 温室効果ガスの削減で、企業に期待されていることは何ですか
温室効果ガスの中でも、大きな割合を占めているのが二酸化炭素です。二酸化炭素は、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料を燃やすと、空気中に大量に放出されます。その多くは、経済活動によって排出されるものですから、企業の責任は重大です。
2015年には、地球温暖化の防止に向け、国際的な取り決めとして、「パリ協定」が新たに採択されました。温暖化が地球上で様々な不都合を引き起こしている現在、脱炭素の潮流はこれからも続いていくことでしょう。
日本は、パリ協定にもとづき、2030年度の温室効果ガスの排出量を、2013年度の水準から26%削減する目標を掲げています。この目標を達成するため、一般家庭より多くの二酸化炭素を排出している企業には積極的な取り組みを期待しています。
正解は「自分の命は、みんなで守る」
―― 異常気象に備えて、個人としてはどのような対応が必要でしょうか。
異常気象では、いままで経験したことがない、想定外のことが起こります。しかし、人は早めに避難したり、対処したりするのが一番と、頭で分かっていても、既成概念にとらわれて、なかなか行動に移せません。どうすればいいのか、そのヒントになる話があります。
2017年に起こった九州北部豪雨を取材した時のことです。私は、あるおばあちゃんの話を聞きました。
おばあちゃんは、大きな家に1人で住んでいました。豪雨の際に、娘さんから「裏山が崩れるかもしれないから、早く避難して」と電話が入ったそうです。しかし、おばあちゃんは、「いままで一度もそんなことはない」と、なかなか避難してくれません。
そこで、娘さんは、普段からおばあちゃんと親しくしている、近所のお寺の住職に頼んで、一緒に避難してもらいました。その直後、裏山が崩れ、家屋の半分が潰れたそうです。危機一髪の出来事でした。
このような話は、被災地でよく耳にします。例えば、自治会長が防災無線で公民館への避難を呼びかけ、30人の住民の命が助かったと言う話もあります。結局、人は普段から交流があって、信頼できる人の言うことには従うのです。
「自分の命は、自分で守る」と、よく言われます。しかし、ちょっと矛盾した言い方になりますが、「自分の命は、みんなで守る」と考えた方が、正解ではないでしょうか。その点、非常時には、コミュニティが機能しているかどうかが命の分かれ目となると考えています。
―― 異常気象に備えて注意喚起をするのも、気象予報士に求められる大事な役割となりましたね
気象予報士は、1人でも多くの方に信頼していただけるように、普段から天気予報を分かりやすく解説して、伝えていく努力を怠らないようにしないと、いざという時に機能しません。とくにコミュニティが希薄になりがちな都市部では、その役割は重要ではないでしょうか。
シビアなことばかり言ってきた気がしますが、実は私個人としては、結構未来を楽観視しています(笑)。
AIの飛躍的な進歩で、今後人類が異常気象を察知する能力は格段に向上するでしょう。また、そのメカニズムも徐々に解き明かされると思います。何より、人間の一番いいところは、予測して対応ができるということです。まだまだ私は、人間の英知に期待しています。
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