「子どもの頃から声が大きいし、早口だからね」そう言って屈託なく笑う平野レミ氏。その天真爛漫な人柄と自由な発想は、今も変わらず多くの人を惹きつけています。結婚を機に料理の世界へ飛び込み、料理愛好家として独自の道を切り拓いてきたレミ氏。近年は30年以上の時を経てシャンソンに再挑戦し、さらに自身のアイデアを詰め込んだ調理器具「レミパン」はロングセラーとして多くの家庭に愛されています。後編では、いくつになっても新しいことに挑戦し続ける原動力や、周囲に支えられながら「私のまんま」生きてきた人生哲学について伺いました。
【プロフィール】
平野 レミ(ひらの れみ)
東京都出身。シャンソン歌手として芸能活動をスタート。イラストレーターの和田誠氏との結婚後、家庭での料理づくりを通じて才能を発揮。「料理愛好家」として数多くの著書を出版し、テレビや雑誌等を通じて家庭料理の楽しさを発信し続ける。常識にとらわれない斬新なアイデアと独自の「手早く、安く、美味しい」レシピ、そして飾らないエネルギッシュな人柄で、世代を超えて絶大な支持を集めている。
30年ぶりのシャンソン
―レミさんは料理愛好家として広く知られていますが、もともとはシャンソン歌手として活動されていたそうですね
そうなんです。若い頃は、シャンソンの聖地と呼ばれた銀巴里(ぎんぱり)などのステージに立って、大好きな歌を歌っていました。その後、ラジオ番組がきっかけで和田誠さんと出会い、結婚しました。1972年頃からは家庭での暮らしや料理に夢中になり、歌手活動は長いことお休みしていたんです。
大きな転機になったのは2025年でした。ある日、昔から親交のある歌手のクミコさんから、「今度大きなステージがあるから一緒にやらない?」と電話をいただいたんです。私は何十年もの間、料理ばかりやっていて音楽からはすっかり離れていたけれど、その言葉を聞いたら急に昔のように歌えるような気がしてきて、「やるやる!」と二つ返事で引き受けたんです。そうして出演したのが「ニッポン・シャンソン・フェスティバル2025」です。本当に久しぶりにステージに立ち、マイクを握りました。
本番は精一杯やったつもりだったけど、後で録音を聞いてみたら思うように歌えていなくて、やはり30年以上のブランクは大きいなと実感しました。その時は「もう歌はやめておこうかな」と少し落ち込んだんです。ところが、そのステージをきっかけに、音楽関係の方々から声をかけていただく機会が増えて、思いがけず再び歌の世界へとのご縁がつながっていきました。
―再挑戦に向けて、ボイストレーニングも重ねられたそうですね
やるからには、きちんと準備をしたいと思いました。ご縁があって素晴らしい先生に教えていただき、徹底的にレッスンを重ねました。気づいたら出演料よりもレッスン代の方が高くなってしまったほどです(笑)。でも、新しいことに挑戦するのはいくつになっても楽しいものですね。その後、2026年6月には「調布国際音楽祭2026」で平野レミの即興キッチン「おいしい音楽、めしあがれ。」という企画にも参加しました。
ピアニストの山中惇史さんとの共演だったのですが、料理内容は本番まで秘密。私がステージで料理を作り、その音や動きに合わせて山中さんが即興で演奏してくださるという、とてもユニークな企画でした。包丁のリズムや調理の音が音楽になっていく様子は新鮮で、私自身もとても楽しみながら参加することができたんです。料理と音楽はまったく違うように見えるけど、人を楽しませたい、喜んでもらいたいという気持ちは共通しているのかもしれません。久しぶりに歌と向き合ってみて、そんなことを改めて感じましたね。山中さんとの次なる共演は12月6日に東リ いたみホール(伊丹市立文化会館)で開催される音楽と料理のコンサート。今からそのステージが楽しみでなりません。
シュフの不満から生まれた「レミパン」
―料理への愛情が高じて、ご自身のアイデアを詰め込んだ調理器具も開発されていますね。「レミパン」は今や誰もが知るロングセラーです
毎日のように料理をしていたので、当時のキッチンは鍋やボウル、調味料の容器でいつもごちゃごちゃしていました。特に困っていたのが、鍋の蓋の置き場所。料理をしていると蓋を開けたり閉めたりするでしょう。でも、そのたびに置き場所を探さなければならないんです。「蓋がその場でポンと立ってくれたらいいのに」とずっと思っていました。ところが当時は、そんな鍋はどこにも売っていなかったんですね。実は昔、我が家に泥棒が入ったことがあったんです。後から聞いたら、その散らかったキッチンを見て「すでに別の泥棒が入った後かと思った」(笑)なんて言ったそう。泥棒に入っておきながら失礼でしょ。悔しいやら情けないやらで、「もっとキッチンをすっきり使える道具が欲しい」とますます思うようになりました。
そんな私の理想を形にしてくれたのが、金属加工の街として知られる新潟県燕市にある会社の社長さんでした。私は「蓋が立つこと」「深型であること」など、細かい希望を次々に伝えました。それを実際の製品にするのは簡単ではありません。何度も試作を重ね、完成までには3年もかかりました。後になって社長さんから、「最初の金型を開発するだけで、ベンツ3台分のお金がかかったんですよ」と聞かされて、びっくりしました。
私が特にこだわったのは鍋の深さです。炒め物を勢いよく煽っても、中身が飛び出さない深さが欲しかったんです。ところが職人さんたちからは、「そんな形の鍋は見たことがない」と猛反対されたんです。でも私は、「この形じゃなきゃ意味がないんです。作っていただけないなら、この話は全部やめます!」と譲りませんでした。今思うと、ずいぶん頑固だったかもしれませんね。そうして完成したのが、底が深く、蓋がしっかり自立し、水滴も落ちない「レミパン」です。私がキッチンで感じていた不便を、一つひとつ解決したかった。その思いを全部詰め込んだ鍋なんです。
―シュフとして本当に必要だと思う機能を追求したからこそ、多くの人に支持されたのですね
ありがたいことに、発売から25年近く経った今でも多くの方に使っていただいています。2016年には「レミパンプラス」としてさらに進化し、デザインも機能も新しくなりました。振り返ると、私が主婦として「こんなのがあったらいいな」と思っていたことは、全国のシュフの皆さんも同じように感じていたことだったのかもしれませんね。
そういえば以前、売れ行きについて社長さんに尋ねたことがあったんです。すると社長さんが、「いやあ、注文がへえってへえって大変で」とおっしゃって。「減って減って大変」だと聞こえた私は、「嘘でしょ!」と怒ってしまいました。実際には新潟の方言で「入って入って大変」、つまり注文が次々に入って大忙しという意味だったんです(笑)。それを聞いてホッとしました。ベンツ3台分の投資をした社長も、きっと安心されたんじゃないかしら。レミパンは、職人さんたちの技術と意地、そしてシュフの「こんな道具が欲しい」という思いが一緒になって生まれた鍋なんです。
これからも「私のまんま」で
―近年では自叙伝『私のまんまで生きてきた。』(ポプラ社)や、『平野レミ大百花』(中央公論新社)を刊行され、ご自身の生き方にも改めて注目が集まっています
でもね、私は特別な生き方をしてきたつもりはないんです。子どもの頃から男の子たちと泥だらけになって遊ぶようなガキ大将でしたし、自分のことを「俺」なんて呼んでいました。ノートに「俺」と書こうとして、「庵」と間違えて書いてしまって父に笑われたこともありました。高校生の頃には学校がどうしても合わなくて、「やめたい」と父に相談したこともあります。そうしたら父は怒るどころか「そうか、それなら今すぐやめろ」とあっさり。今思うと、本当に懐の深い親でしたね。父も母もとても優しい人で、父から口酸っぱく言われていたことは一つだけでした。「他人に意地悪だけは絶対にするな」それ以外は、あまり細かいことを言われた記憶がありません。だから私は、好きなことを好きなようにやらせてもらいながら育ったんです。
結婚してからは、和田さんがそんな私をずっと見守ってくれました。私は思いつきで動くことも多いし、失敗もたくさんしてきました。でも和田さんは、それを怒るのではなく、いつもおもしろがってくれるんです。料理を作れば「美味しいよ、美味しいよ」と最高の笑顔で食べてくれる。振り返ってみると、私は家族や周りの温かい人たちに支えられながら、本当に 「私のまんま」生きてくることができたんだと思います。
―今の時代、周囲の目を気にして息苦しさを感じている人も少なくありません
そうみたいですね。でも、人の顔色ばかり見ていたら疲れてしまいますよね。「あの人はどう思うかしら」「こう言ったら嫌われるかな」って考え始めると、どんどん窮屈になってしまう。もちろん相手への思いやりは大事。でも、建前を抜きにすれば「人は人、自分は自分」ですよね。自分の気持ちを正直に伝えたら、びっくりされることもあるかもしれません。でも根っこに「相手を思いやる優しい気持ち」があれば、そんなに怖がることはないと思うんです。
それよりも、まずは自分を大事にすること。そして、自分自身が元気でいること。それが一番大切だと思っています。心も体も元気でいれば、誰かに何か言われたって「平気平気!」と笑っていられるでしょう。美味しいものを食べて、よく笑って、よく動く。そんな毎日を送っていると、不思議と元気が湧いてくるんです。
私自身、これまでずっと「あぁ、楽しい!本当に楽しい!」と思いながら生きてきました。もちろん大変なことがなかったわけではありません。でも、目の前のことを面白がりながらやってきたんです。そしてこれからも、きっと変わりません。難しいことはあまり考えず、私のまんまで楽しく生きていこうと思っています。読者の皆さんも、どうか考えすぎないでください。美味しいものをたくさん食べて、元気に笑って、自分らしく毎日を過ごしてほしいですね。

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