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持続可能な社会の実現につながる行動を促す「ナッジ」とは

2022年1月19日

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 人々が、より良い選択を自発的に取れるよう手助けする行動経済学の手法を「ナッジ」と呼びます。現在、世界の多くの政府機関や組織が政策領域でナッジを活用しようとしています。今回はナッジの概要を紹介するとともに、「持続可能な社会の実現」にどのようにナッジを取り入れていくのか、その可能性を探ります。

カーボンニュートラル実現と、温室効果ガス排出量削減への取り組み

 「ナッジ(Nudge)」とは、行動経済学の知見を活用して、人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるよう手助けする手法のことです。もともと英語のNudgeには、「合図をするために肘などでそっと小突く」という意味があります。また、母親の象が子象を軽く押す様子にも例えられます。

 「ナッジ(Nudge)」という考え方は、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授とハーバード大学のキャス・サンスティーン教授による2008年の著書『Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness』をきっかけに広まりました。

 この本では、ナッジを「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャのあらゆる要素」と定義しています。ちなみに、セイラー教授は2017年にノーベル経済学賞を受賞しています。

 今のところ、「ナッジ」の知名度はそれほど高くありませんが、身近なところに取り入れられており、その重要性は世界的に高まっています。ナッジは人々が選択、意思決定する際の環境をデザインし、自発的な行動変容を促すものであり、決して経済的なインセンティブや罰則を使って、強制的に誰かを動かすものではありません。あくまでも選択の自由を残し、良い選択ができるように「そっと後押しする」のがナッジです。

 ナッジのわかりやすい活用例として知られているのが、ゴミ箱の利用を促すために用意された「投票するゴミ箱」の例です。こちらのゴミ箱の中は2つの空間に分かれていて、投入口も2か所あります。「世界最高のサッカー選手はどっち?」といった2択の質問が用意されていて、自分が投票したい答えが書かれているほうの投入口からゴミを投入するという仕組みです。ゴミ箱に捨てるように呼びかけるのではなく、楽しい要素を加えることで自発的に利用を促すことに成功した例といえます。

 最近では、新型コロナ感染症対策としてソーシャルディスタンスの距離を示す線なども同様の効果を持ちます。床に描かれた線を越えても罰則があるわけではありませんが、多くの人々が線を超えないようにきちんと並んでいます。これもナッジの活用例です。

 世界の多くの政府機関が政策領域でナッジを活用しています。人間の行動を観察することで心理的な傾向を分析・把握し、それを理論的に体系化していこうとする行動経済学の技法を「行動インサイト」と呼び、イギリスではキャメロン政権、アメリカではオバマ政権時に、政府内へ行動インサイトの活用を試みる組織が設置されました。また、世界銀行、ハーバード大学といった非政府の機関でも、ナッジなどの行動インサイトを採用した組織を設置するケースが増えています。

「正しい行動」を選択するための手助けとなる

 人間の心理を利用して人々の選択に良い影響を与えるナッジでは、「選択アーキテクチャ」の示し方が重要になります。選択アーキテクチャとは、「選択肢をどのように作って提示するか」ということです。ありふれた決定であっても、人生を変えるような大きな決定であっても、何かの意思決定は、常に「提示された選択肢から選ぶ」という形で行われています。

 たとえばスーパーマーケットに買い物に行くと、バンが焼けるおいしそうな匂いが漂っていたり、見た目も鮮やかな生鮮食品が目につくところに置いてあったりします。店側が売りたいと思っている商品には、目立つようにいろいろと工夫が施されています。こうした工夫によって、買い物客は商品の魅力に惹かれ、ときには予定していなかったものを買ってしまうのです。

 ニューメキシコ州立大学の研究チームは、ナッジに関する研究を行いました。スーパーマーケットの買い物客が使うカートの中央にテープを貼って離れた側と手前側の2つに分け、離れた側に果物と野菜を、手前側にはそのほかの品物を入れるよう案内しました。その結果、買い物客は必ず果物と野菜を買うようになり、結果としてその量はこれまでの倍になったといいます。研究チームは「果物と野菜を入れる場所」を選択肢として提示しただけですが、購入を促進させる結果につながったのです。

 また、このような例もあります。東京の多摩地区のある市では、大腸がん検診の受信者を増やすために、前年度の受診者に検査キットを送付し、リピート受診を促していました。しかし、送付対象のうち受診率は約7割にとどまっていました。

 そこで、ナッジを活用してAグループには「検診を受けてもらえれば、来年も検査キットを送ります」というメッセージを、Bグループには「受診しないと来年は検査キットが送付されなくなります」というメッセージを送りました。すると、これまで自分が受けていたサービスを失うことを恐れたBグループの受診率は、Aグループよりも7.2%高くなったそうです。これも人間心理を理解して、適切な選択肢を示した結果です。

環境問題に取り組むアプローチ方法としてのナッジ

 最近になってナッジがより注目されている背景には、地球温暖化の問題があります。地球温暖化対策には、温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルの実現が社会的な課題になっています。

 日本政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目標にしています。そのために、企業努力による脱炭素の取り組みに加えて、個人のライフスタイルの変容の必要性が強く求められています。消費ベースから見た日本の温室効果ガス排出源の内訳は、家計消費が6割以上を占めています。つまり、脱炭素化を実現するには、個人の行動変容が欠かせないのです。

 こうした個人の行動変容を促す仕組みとして、ナッジを活用しようという動きが高まっています。すでに欧米では、ナッジによって国民一人ひとりの行動変容を促す動きが具体化していますが、日本でも「日本版ナッジ・ユニット(BEST)」が、2017年4月に環境省のイニシアチブのもと発足しました。BESTは、国民一人ひとりに配慮した無理のない行動変容を促進し、ライフスタイルの変革を創出することなどを目標とし、環境問題などの社会課題解決に向けた取り組みを進めています。

 また、2020年に内閣府に設置された「国・地方脱炭素実現会議」は「地域脱炭素ロードマップ」を発表し、その基盤的施策の一つとして「グリーン×デジタルによるライフスタイルイノベーション」を掲げました。その中で、脱炭素化の選択肢を示し、自発的に選択してもらう具体的な取り組み方として「CO2削減ポイントやナッジの普及拡大」を挙げています。

 ナッジの考え方をもとにサービス化されている例として、アメリカのカード会社では2021年4月より、消費者の購買内容に応じてCO2計算を行うアプリを提供しています。このアプリでは、ユーザーがどのくらい二酸化炭素を排出しているかを支出カテゴリごとに表示するほか、排出削減のヒントも与えてくれます。さらに、森林回復のための寄附を気軽に行える機能も搭載しています。このようなサステナビリティに関連したポイント交換サイトやグリーンなアクションを促すSNS交流サイト、カーボンフットプリントの計算・見える化プログラムといったサービスが今後、国内外で増えていくことでしょう。

 ナッジは、私たち一人ひとりが良い選択ができるよう、そっと背中を押すように促してくれます。ナッジだけで「持続可能な社会の実現」が達成できるわけではありませんが、地球温暖化をはじめとする環境問題を解決するためには、企業だけでなく個人がこれまでと違った行動を取ることも必要です。そんな行動へ自然に誘導してくれる手法として、ナッジの重要性は今後大きくなっていくはずです。

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