2018年に経済産業省がDXレポート内で警告した「2025年の崖」が目前に迫っています。「2025年の崖」とは、企業のDX推進が現状のまま滞った場合、業務効率や競争力の低下をもたらすと予測され2025年以降、膨大な経済損失が発生することを表現した言葉です。今回は「2025年の崖」と日本のDX推進の現状について解説します。
「2025年の崖」で何がおきるのか
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「2023年版・世界デジタル競争力ランキング」によると、日本は世界64か国・地域の中で32位となり、前年から3ランク下げ、調査開始以来過去最低の順位でした。上位3か国は、アメリカ、オランダ、シンガポール、近隣諸国では6位韓国、9位台湾、10位香港、19位中国となっており、アジアの主要国・地域と比べても日本におけるデジタル化の遅れは顕著となっています。
このような状況の中、2018年に経済産業省がDXレポート内で警告した「2025年の崖」が目前に迫っています。「2025年の崖」とは、企業のDX推進が滞った場合、市場競争力を失い、2025年以降に大きな経済損失の発生が予測される問題のことを言います。同レポートでは2025年の段階で、「基幹系システムで21年以上使用しているものが約6割」「2015年の段階で17万人不足とされたIT人材不足が43万人に拡大」「先端IT人材の供給不足に加え、古いプログラミング言語を知るエンジニアの多くが2025年までにリタイヤを迎えるため第一線でシステムを守ってきた人材が不足」といった問題を指摘しています。
このような問題が起きる最大の要因は、日本企業における情報化投資の実態として、約8割が既存システムの運用・保守・更新に充てられており、新たな取り組みに費やされる投資は残り2割程度のことから、最新のテクノロジーを導入するための投資が回ってこないことにあると考えられています。
実際に、企業や公共分野におけるシステム更新は5~7年程度が一般的であり、SaaS(Software as a Service)のようなアプリケーションのクラウド利用が浸透してきたとはいえ、大手企業がシステム更新を行う場合、数億円から数十億円規模の投資が必要となるため、大規模な基幹系システムまでをクラウド化するケースは現段階では少ないというのが実情です。
ここ数年で大きな話題となった生成AIの登場を見てもわかるように、デジタル技術の進歩はすさまじく、5~7年というシステム更新周期の間にもさまざまな最新テクノロジーが生まれてきます。このまま現状の「レガシーシステム」に依存し続けることは、世界的なデジタル化やデータ活用の潮流から取り残され、市場に合ったサービス提供が困難になり、結果、市場での競争力を失い2025年以降に最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると言われています。
“崖から落ちない“ための対策とは!?
では “崖から落ちない”ための手立てはあるのでしょうか。データドリブン型社会の今、社会を動かす中心となっているものは「データ」です。そのため企業は、収集された膨大なデータの中から価値あるデータを見出すデータマイニングにより、未利用データの発掘や統合、整理をし、そして次にそのデータを生かすために業務改革を行うことが求められています。
そこで重要になるのが経営層の判断です。経営層は、自社がデジタル化に乗り遅れていないか、データ活用ができているかを把握のうえ、新たなデジタル技術の導入が有効ならば業務改革のために積極的に投資する判断を行うことが不可欠です。経済産業省が策定した「DX推進指標」は、同指標を活用することにより経営層が自社の現状と課題を把握し、共通認識を持って解決に取り組むことを目的に策定されたものです。
そして、次に考えなければならないことは、IT人材の確保です。これは、ユーザー企業(システムを利用する企業)とベンダー企業(システムを提供する企業)の関係性とも深く関わっています。日本では、システム開発を行う際、ユーザー企業にIT人材が乏しいことから、システム開発のノウハウがベンダー企業に蓄積されるケースが少なくありません。
社内にノウハウを蓄積させ効率的にデータ活用を行うには、業務プロセスの革新のため大量に収集されたデータを分析するデータサイエンティストをはじめとしたIT人材の採用・育成が重要になってきます。そうして自社の課題や問題点を知るIT人材が、ベンダー企業と連携しながら最適なDXによる業務改革を行う体制にシフトすることが望ましい姿と考えられています。欧米では、中小から大企業までIT人材を自社に取り込み、企画・設計・構築・運用まで「内製化」するのが一般的になっています。
“崖から落ちない”ための日本の在り方
「2025年の崖」は、日本のデータ活用、それによる社会構造改革や企業の経営改革の遅れを指摘するものであり、警鐘でもあります。1990年初頭のバブル崩壊以降、日本は「失われた30年」などと言われ、経済の失策により企業はかつての活力が失われています。世界トップシェアだった半導体産業は凋落し、電気・電子産業の中心はアジア周辺諸国に移ってしまいました。
しかし、各企業も手をこまねいているわけではなく、「2025年の崖」を意識し対策を講じています。多くの企業が明らかにしているDX推進も“崖から落ちない”対策であり、同時に社内制度の変革も進められています。一歩先に対策を進めている企業では、「レガシーシステム」から脱却すべく、基幹系システムのクラウド化を積極的に推進しIT人材の確保、育成へも取り組み始めています。また、情報システム刷新のための組織改革やガバナンス整備などに着手する企業も少なくありません。実際に基幹系システムのクラウド化を行った企業では、システム担当者が現場の目線に立つことで実際の運用を理解し、運用体制と連携したシステムの構築を成功させた事例も生まれています。
今後を見据え、文部科学省では、将来を担う世代に対する施策として「小学校プログラミング教育」を掲げ、小学校で子どもたちに「コンピューターをより適切に、効果的に活用する」教育を行っています。こうした取り組みは中学校、高校のカリキュラムでさらに拡充され、そこから大学や専門学校で専門人材を育成するカリキュラムの検討も進められています。それに加えて、社員のITスキルを引き上げ、誰もがIT人材になり得る社内教育・育成を進め、自社の課題や問題点を把握できる人材の確保に取り組み始めている企業もでてきています。
しかし現時点において、ビジネスネットワークやサプライチェーン全体でDXの推進を行う状況には限界があり、“崖から落ちない”ためには今後、大企業だけではなく、中堅・中小企業、自治体なども最新のデジタルテクノロジーを吸収し、存分に活用できる体制や仕組みづくりが不可欠となります。それらの実現に向けては、企業の経営層が自社の現在における状況や今後の問題を把握し、積極的に投資をしていくことが必要です。そして、そこで働く私たちも一個人としてDX推進の必要性をよく理解し、活用できるよう備えておくことが重要なのではないでしょうか。
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