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ビジネスコラム

人的資本経営で描く、これからの企業像

2026年02月25日

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これからの時代、企業が持続的に成長するためには、従業員の持つ可能性を「投資」の対象として捉え、その価値を引き出す経営姿勢が求められています。こうした視点に立ち、人材を適材適所に配置し組織全体の成果につなげる「人的資本経営」が、企業価値向上の重要な鍵となります。今回は、なぜ今、人的資本経営が求められているのか、その背景と実践のポイントを解説します。

いま問われる人的資本経営

 日本社会が少子高齢化や労働人口の減少に直面する昨今、企業活動を維持・発展させるため、従来の経営感覚からの転換が求められています。これまで多くの日本企業において、従業員は損益計算書(P/L)上の「人件費」や「労務費」として計上され、営業利益を圧迫する「コスト」と捉えられてきました。とりわけサービス業や小売業など、売上高人件費率が50%を超える企業もある中でこれらのコストが経営に与えるインパクトは無視できません。そのため、業績悪化時には、利益を確保するための手段として、リストラや人員削減によるコスト圧縮が行われてきた経緯があります。

 しかし、こうした短期的な収益改善策は、一時的に数字を整えることができたとしても、将来の成長機会を失うリスクを伴います。従業員がいなければ企業活動は成り立たず、安易な人員の削減は、組織が長年培ってきたノウハウや専門的なスキルまで失わせてしまうからです。その結果、次の成長フェーズへ進むための基盤が脆弱化し、再建が困難になる恐れもあり、特に一度失われた「現場の知恵」や「顧客との信頼関係」を再構築するには、削減したコストを上回る時間と投資が必要となることを忘れてはなりません。

 こうした背景から、注目されているのが「人的資本経営」です。これは、人材をコストではなく、持続的に付加価値を生み出す「資本」として捉える考え方です。人材を企業価値向上のための重要な経営資源として位置づけ、戦略や事業規模に見合った能力を持つ人材を適切に配置できているか、また教育投資や待遇改善を継続的に行っているかが、企業の持続可能性を測る重要な指標となります。

 この人的資本経営の考え方は、企業価値の捉え方そのものにも変化をもたらしています。現代における企業価値は、業績や株価いった財務指標に加え、働きやすい環境が整っているか、ハラスメントのない健全な組織文化が醸成されているか、従業員の意欲を高める公正な評価制度が整備されているかといった、数値化しにくい要素も重要になっています。なぜなら、これら「個を尊重する基盤」が不十分な環境では、従業員のエンゲージメントが著しく低下するからです。すると定着率が下がり、結果として企業全体のパフォーマンス低下を招いてしまいます。つまり、人的資本経営を実践している企業とは、こうした「目に見えない資産」を戦略的に育成・活用し、持続的な成長へと結びつける仕組みを構築している企業だと言えます。

人的資本が企業を変える

 「人は財産である」という言葉は、これまでも多くの経営者によって語られてきました。しかし実際には、組織全体の成果が優先されやすく、従業員のキャリア形成や能力開発、さらには心身の健康や幸福(ウェルビーイング)まで真に尊重する経営を実現できている企業はまだ多くありません。 理念としては共有されながらも、経営の中心に「個」を捉える取り組みは限定的だったのです。

 こうした状況に大きな転機をもたらしたのが、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大でした。日本においては、リモートワークが急速に普及し、企業は時間や場所に縛られない働き方を前提とした組織運営へと転換せざるを得なくなりました。その結果、社員一人ひとりの自律性や成果への向き合い方がこれまで以上に問われるようになり、「個」を重視した柔軟なマネジメントの必要性が明確になったのです。

 こうした社会的・経営的な変化を受け、経済産業省は2020年9月に「人材版伊藤レポート」を公表しました。本レポートでは、人的資本経営を単なる人事施策ではなく、企業の持続的な価値向上を実現するための経営戦略の中核として位置づけています。特に重要なのは、人材マネジメントの目的を従来の「管理」から「価値創造」へと転換し、その責任を経営陣が主体的に担うべきであると明確に示した点です。さらに、企業と個人の関係については、従来の終身雇用を前提とした「囲い込み型」から脱却し、個人の自律を尊重しながら互いに「選び、選ばれる関係」へと進化させる必要性が提起されています。

 このような社会環境の変化を背景に、企業の成長には人的資本への投資が重要であるという考え方は、着実に広まり定着しつつあります。また、変化の激しいビジネス環境に対応するためには、従来の固定的な組織運営から、経営戦略に応じて必要な能力を組み合わせる「動的な人材ポートフォリオ」への転換が求められています。その実現には、従業員一人ひとりが主体的にキャリアや働き方を選択できる環境の整備が不可欠です。こうした考えのもと、個の主体性を尊重し、柔軟なキャリア形成を支援する仕組み導入が進んでいます。

 このように、人的資本を軸とする経営は、単なる人材育成施策ではなく、企業戦略そのものと言えるでしょう。人材という「資本」を最大限に引き出す仕組みを持つことは、変化する市場に即座に対応できる「組織の適応力」を高め、長期的な安定成長を支える基盤となるのです。

選ばれる企業の条件とは

 人的資本経営はもはや、一部の先進企業だけの取り組みではありません。2023年3月期決算より、上場企業約4,000社を対象に、有価証券報告書で人的資本に関する情報開示が義務化されました。これは単なる情報公開ではなく、投資家が企業の本質的な価値を判断できるよう透明性を高めることを目的としています。

 開示項目には、人材育成や社内環境整備の方針に加え、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間の賃金格差といった多様性に関する指標が含まれています。これらの情報を通じて、企業がどれだけ人を大切にし、持続可能な経営基盤を築いているかが市場から厳しく評価される時代となりました。また、この開示はステークホルダーとの対話を深める継続的なコミュニケーション手段としての役割も担っています。

 このように制度面から人的資本経営が後押しされる中で、市場環境そのものも大きく変化しています。働き手は、より良い環境や待遇、そして自身の能力を発揮できる場を求めて主体的に企業を選択しています。そのため、企業の人的資本経営への本気度が、採用市場における重要な判断材料となっています。

 同時に、投資家の視点も変化しています。従来財務指標だけではなく、従業員のエンゲージメントや定着率などの非財務情報が、企業の将来性を測る重要な要素として重視されるようになりました。たとえ業績が堅調であっても、離職率が高い企業は組織内部に構造的な課題を抱えているとみなされます。反対に、従業員の幸福度やエンゲージメントが高い企業ほど、中長期的に安定した収益を維持しやすいという傾向が、近年の各種調査でも示されています。

 さらに視点を広げれば、2024年の人手不足による機会損失額は約16兆円に達するとの調査報告もあるなど、深刻化する人手不足への対応は企業にとって避けて通れない課題となっています。特に製造業などの現場では、必要人数を確保できず工場の稼働率を下げざるを得ない状況が生じており、納期遅延が事業機会の損失といった経営リスクに直結しています。こうした課題を克服するには、既存制度の見直しとともに、社内人材の能力を高める「リスキリング」への積極的な投資も必要となります。労働人口の減少が加速する中、AIなどのデジタル技術は有効な補完手段となりますが、それを活用し、価値へと転換するのは最終的には「人」にほかなりません。

 人的資本経営は、企業が持続的に発展するための基盤であると同時に、従業員一人ひとりの力を最大限に引き出す経営の在り方でもあります。人への投資を通じて、組織と個人がともに成長し合う関係を築くこと。それこそが、これからの時代に求められる真の企業価値向上の姿と言えるのではないでしょうか。

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