スマートフォンや自動車、衣類など、私たちの暮らしを支える数多くの製品。その原点には、石油化学産業の基礎原料である「ナフサ」が存在します。しかし、日本はナフサの多くを海外に依存しており、地政学リスクによる供給不安と常に隣り合わせです。今回は、ナフサが果たす役割と安定調達の課題、そして資源循環や代替素材による持続可能な産業基盤の構築ついて考察します。
ナフサとは何か
「ナフサ」は、原油を蒸留・精製する過程で得られる石油化学産業の基礎原料であり、多くの石油由来製品の出発点となる重要な物質です。その重要性から、しばしば「石油化学産業のコメ」とも呼ばれています。
原油は石油精製工場で加熱され、気体として蒸留塔へ送られます。ここで各成分の沸点の違いを利用して分離が行われます。一般的に、350℃以上で重油、240~350℃で軽油、170~250℃で灯油、そして35~180℃の範囲でナフサやガソリンが取り出されます。構成比率の目安としては、重油が約16%、軽油が約25%、灯油が約7%、ガソリンが約31%、ナフサが約10%となっています。このうち重油や軽油、灯油、ガソリンが主に燃料として利用されるのに対し、ナフサは化学製品をつくるための原料として使用されます。取り出されたナフサは分解炉で800℃以上の高温で加熱され、熱分解によってエチレン、プロピレン、ブタジエン、ベンゼン、トルエン、キシレンといった基礎化学品へと変換されます。
これらの基礎化学品は、さらに多様な製品へと姿を変えます。例えば、エチレンはポリエチレンやポリスチレン、塩化ビニル樹脂の原料となり、ポリ袋や塩ビ管などに利用されます。プロピレンはポリプロピレンの原料となり、家電製品や自動車部品に広く使われ、ブタジエンはタイヤをはじめとする合成ゴム製品の原料となります。こうして生み出された石油化学製品は、プラスチック、化学繊維、合成ゴム、塗料、溶剤などへと展開され、最終的には自動車、電気・電子機器、建築資材、生活用品など幅広い製品に活用されます。私たちが日常的に使用するスマートフォンや家電のプラスチック筐体、自動車樹脂部品、衣類に使われる合成繊維なども、その原点をたどればナフサに行き着きます。
つまり、ナフサは単なる石油製品の一つではありません。医療や建設をはじめとする広範な社会インフラと私たちの生活を支える基幹原料であり、その安定供給は日本の産業活動そのものを支える重要な基盤です。私たちの豊かな暮らしと広範な産業活動はナフサから始まる化学産業のサプライチェーンによって支えられているのです。
ナフサの安定調達を左右する地政学リスク
日本の石油化学産業を支えるナフサは、その原料となる原油と同様に海外からの輸入に大きく依存しています。日本は原油の9割以上を中東地域から輸入しており、国内で使用されるナフサについても安定した海外調達が欠かせない状況にあります。国内には北海道から九州まで19か所の製油所があり、石油連盟によると、2026年4月末時点の原油処理能力は日量49万4,500klとされています。原油精製の過程では、約10%がナフサとして生産されるため、理論上は日量約5万klのナフサを生産できる計算になります。
しかし、国内需要をすべて国内生産で賄うことはできません。2025年の国内ナフサ需要は約3,400万klとされており、製油所が年間を通じて高い稼働率を維持したとしても、生産量は需要の半分程度にとどまります。実際には定期修繕や設備点検による稼働停止期間もあるため、国内生産だけで必要量を確保することは困難です。その結果、日本は不足分を海外からの輸入に頼っています。2024年の実績では、国内生産量が1,334万klであったのに対し、輸入量は2,056万klに達しました。近年の国内生産量は年間約1,300万~約1,400万kl程度で推移しており、日本の石油化学産業は輸入ナフサによって支えられているといっても過言ではありません。
その輸入先を見ると、中東地域が全体の7割以上を占めています。国別ではアラブ首長国連邦が約30%、クウェート約20%、カタール約15%、サウジアラビアが約3%となっています。つまり、日本は原油だけでなく、石油化学製品の基礎原料であるナフサについても中東への依存度が高い構造となっています。こうした供給構造を考えると、中東情勢の変化が日本経済に与える影響は決して小さくありません。実際、1973年のオイルショック、1979年のイラン革命、1980年のイラン・イラク戦争では、原油供給が大きく混乱し、エネルギー価格の高騰を通じて日本経済や物価に深刻な影響を及ぼしました。
日本はこうした過去の経験からエネルギー安全保障の強化を進めてきました。国家備蓄や民間備蓄の拡充に加え、緊急時には備蓄を市場へ放出できる体制を整えることで、供給途絶リスクへの備えを進めています。また、特定地域への依存を軽減するため、米国など中東以外の地域からの調達を拡大するなど供給源の多角化も推進されています。ナフサの安定調達を実現するためには、備蓄の確保と調達先の分散を両輪として、強靭なサプライチェーンを構築していくことが不可欠です。地政学リスクが高まる時代において、安定した原料供給体制の確保は、日本経済の持続的な成長を支える重要な課題となっています。
資源循環が拓く持続可能な未来
ナフサは現代社会に欠かせない原料ですが、その多くを海外に依存している以上、地政学的リスクや資源価格の変動を完全に避けることはできません。こうした課題に対応するためには、限りある資源を有効活用し、石油資源への依存度を低減していくことが重要です。その鍵を握るのが、プラスチック資源のリサイクルとリユースです。現在、日本では年間約800万トンの廃プラスチックが排出されていますが、その有効利用率は約87%に達しています。この資源循環を支えているのが、主に三つのリサイクル手法です。
一つ目は、全体の約6割を占める「サーマルリサイクル」です。これは廃プラスチックを焼却した際に発生する熱を、発電や温水、蒸気などのエネルギーとして回収・利用する方法です。エネルギー回収という点では有効ですが、焼却時にCO₂が排出されるという課題があります。そのため近年では、排出されたCO₂を化学原料として再利用するカーボンリサイクル技術の研究開発も進められています。二つ目は、全体の約2割を占める「マテリアルリサイクル」です。使用済みプラスチックを溶解し、再びプラスチック原料として利用する方法で、パレットやベンチ、作業衣などの再生プラスチック製品の原料として活用されています。比較的実用化が進んでいる手法ですが、高品質な再生材を得るためには適切な分別と回収体制が欠かせません。私たちの日常的なごみの分別も、この仕組みを支える重要な役割を果たしています。三つ目は、「ケミカルリサイクル」です。廃プラスチックを化学的に分解し、油やガス、アンモニアなどの化学原料へ戻す手法で、再び石油化学製品の原料として活用できる可能性があります。一方で、設備投資や運転コスト、安全管理などの課題もあり、さらなる技術革新が期待されています。
また、資源循環を考えるうえでは、リサイクルだけでなくリユースも重要な選択肢です。製品をできるだけ長く使用し、再利用することで、新たな資源投入やエネルギー消費を抑えることができます。こうした取り組みは企業や自治体だけの課題ではありません。私たち消費者一人ひとりにも資源循環を支える重要な役割があります。例えば、マイバッグの持参によって使い捨てプラスチックの使用を減らすことは、廃プラスチックの発生抑制につながります。これらの取り組みを効果的に進めるためには、「生産」「使用」「回収」「再生」を一体化した循環型社会システムの構築が不可欠です。企業、自治体、消費者がそれぞれの役割を果たしながら、資源を循環させる仕組みを社会全体で支えていく必要があります。
さらに近年は、サトウキビや木質資源などを原料とするバイオマスプラスチックの開発・普及も進んでいます。こうした植物由来の素材は、石油資源への依存度を低減できるだけでなく、特定地域の政治情勢や資源供給に左右されにくいという点でも注目されています。海外情勢に左右されにくい資源供給体制を構築することは、環境保全だけでなく、日本の産業競争力を維持するための重要な戦略でもあります。リサイクル技術の高度化、代替素材の普及、そして資源循環型社会の実現によって、日本の産業活動はより持続可能で強靭なものへと進化していくでしょう。
ナフサはこれまでも、そしてこれからも日本の産業を支える重要な基礎原料であり続けます。その価値を最大限に活かすためにも、限りある資源を循環させる仕組みづくりを進めていくことが求められています。私たち企業や個人が再生プラスチック製品の利用や適切な分別・回収に取り組むことも、その大切な一歩となるのです。
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