人口減少や高齢化が進む日本では、医療・介護、交通・インフラ、行政など、公共サービスの維持が大きな課題となっています。こうした中、政府は2026年7月に「デジタル行財政改革 取りまとめ2026」を決定しました。デジタル技術やAIを活用し、公共サービスの維持・強化や行政運営の効率化をめざすものです。今回は、これまでの行政のデジタル化の歩みを振り返りながら、デジタル行財政改革の方向性や今後の課題について解説します。
人口減少時代に求められるデジタル行財政改革
2023年10月から内閣官房が有識者を集めて開催してきた「デジタル行財政改革会議」において、「デジタル行財政改革 取りまとめ2026」が2026年7月7日に決定しました。「取りまとめ2024」「取りまとめ2025」に続くもので、人口減少や高齢化が進む中、デジタル技術を最大限に活用し、公共サービスの維持・強化や地域の活性化を図る方向性が示されています。
日本では今後、人口構造が大きく変化していく見通しです。2022年と2050年を比較すると、総人口は約16%(約2,025万人)、生産年齢人口(15〜64歳)は約25%(約1,881万人)減少すると見込まれています。一方、高齢化率は約29%から約37%へ上昇し、2050年の65歳以上人口は約3,888万人になると予測されています。働き手が減少すれば、企業活動だけでなく、医療・介護、交通・インフラ、行政など、社会生活を支える公共サービスにも大きな影響が及ぶ可能性があります。
そこで政府が進めているのが、デジタル技術を活用した行財政改革です。2025年の取りまとめでは、地方創生の後押しやAI・データの利活用などを重視していましたが、「取りまとめ2026」では、人口減少への対応をより明確にし、「公共サービス等の強靱化」と「現役世代の活躍を支える働く環境整備」の2本柱を設定しています。そのもとで「医療・介護DX」「交通・インフラDX」「働く環境DX」「行政手続・サービス等DX」の4分野を中心に改革を推進する方針を掲げています。
たとえば、医療・介護DXでは電子カルテ・電子カルテ情報共有サービスの導入促進や介護現場の生産性向上に関するダッシュボードの充実、交通・インフラDXでは自動運転の事業化や上下水道のDXなどを推進します。また、働く環境DXでは公務員の業務におけるAI活用、行政手続・サービス等DXでは子育て関連手続きのデジタル化などに取り組むとしています。
人口減少が進む社会では、これまでと同じ人員や仕組みを前提に公共サービスを維持していくことは難しくなります。デジタル行財政改革は、単に行政手続きをオンライン化するものではありません。限られた担い手でも必要なサービスを維持・向上できるよう、行政や公共サービスそのものの仕組みを見直していく取り組みなのです。
行政デジタル化の歩みと、利便性・安全性の課題
行政のデジタル化は、今回初めて始まったものではありません。1990年代以降、パソコンやインターネットが社会に普及すると、政府も情報通信技術を活用した行政改革を進めてきました。2000年にはIT基本法が成立し、その後、「e-Japan戦略」などを通じて電子政府・電子自治体の整備が進展しました。地方自治体でも電子申請など、住民サービスをデジタル化する動きが広がっていきました。
その象徴の一つがマイナンバー制度です。2015年10月から住民票を持つ人へのマイナンバーの通知が始まり、2016年1月にはマイナンバーカードの交付が開始されました。ICチップに搭載された電子証明書などを利用することで、コンビニエンスストアで住民票などの証明書を取得したり、オンラインで行政手続きを行ったりすることが可能になっています。さらに、健康保険証として利用する「マイナ保険証」や、運転免許証と一体化した「マイナ免許証」など、利用範囲も広がっています。2026年9月末時点におけるマイナンバーカードの保有枚数は1億472万枚、人口に対する保有率は84.5%に達しています。
一方、行政のデジタル化で欠かせないのが、個人情報の保護やサイバーセキュリティへの対応です。行政は住民の重要な情報を数多く扱うため、利便性だけを優先してデジタル化を進めるわけにはいきません。自治体の情報システムでは、マイナンバーを利用する業務、行政機関同士の情報のやり取り、インターネットの利用という3つの領域を分離する「三層の対策」が講じられてきました。しかし、クラウドサービスの普及やテレワークの浸透など、働き方やデジタル技術を取り巻く環境が変化する中、従来の仕組みでは業務効率や利便性に課題が生じるようになりました。そこで2020年12月のガイドライン改定では、従来の「αモデル」に加え、一定のセキュリティ対策を講じたうえで業務端末をインターネット接続系に配置する「βモデル」「β′モデル」が示されました。
デジタル化が進むにつれ、サイバー攻撃などの脅威も変化します。そのため、セキュリティ対策も一度整備すれば終わりではなく、技術や利用環境の変化に応じて継続的に見直す必要があります。行政のデジタル化は、電子申請などのサービスの導入から、マイナンバーカードの普及、セキュリティ対策の見直しへと進展してきました。今後も新たな技術や社会環境の変化に対応しながら、行政サービスを支えるデジタル基盤を整備していくことが求められています。
データとAIの活用で進む行財政改革の新たな展開
「取りまとめ2026」のもう一つの特徴は、AIの活用を視野に入れ、個別の省庁や自治体にとどまらない改革を進めようとしている点です。デジタル技術の強みは、組織や地域を越えて情報を共有し、共通の仕組みを利用できることにあります。それぞれの省庁や自治体が個別にシステムを整備するだけでは、コストや業務の重複が生じ、デジタル化の効果を十分に引き出せない可能性があります。
そこで政府は、「国・地方デジタル共通基盤」の整備を進めています。個々の自治体がそれぞれシステムを構築するのではなく、国と地方が協力して業務やシステムの共通化を図り、行政運営の効率化につなげようというものです。また2026年7月には、国の行政機関などが保有するデータの利活用を促進するため、関連法律の改正が行われました。行政が保有するデータを民間事業者なども活用できる仕組みを整え、行政手続きに関する国民の利便性向上を図るものです。AIを有効に活用するうえでもデータは重要な基盤となるため、安全性を確保しながら、行政が保有するデータを社会で活用できる環境づくりが求められています。
そして今後、行政のあり方を大きく変える可能性があるのがAIです。政府は「取りまとめ2026」の決定を機に、デジタル行財政改革会議を「AI・デジタル改革推進会議」へ発展改組する方針を示しました。デジタル技術を活用した行財政改革に加え、AIの活用に向けた規制・制度の見直しなども含め、AX(AIトランスフォーメーション)とDXを一体的に推進する体制へ移行します。
行政内部でもAIの活用が始まっています。「取りまとめ2026」では、公務員の働く環境DXの一環として、生成AIなどを活用した政策形成の高度化や業務の省力化を推進する方針が示されています。総務省の調査によると、2025年10月末時点で、都道府県と指定都市ではすべての団体が生成AIを導入済みで、その他の市区町村でも45.6%が導入しています。自治体では、文書の作成や要約、議事録の作成、情報収集など、職員の日常業務での活用が進められています。人口減少によって担い手が減っていく中、AIによる業務の効率化を通じて、職員がより専門的な判断や住民サービスに力を注げる環境づくりが期待されています。
人口減少という、避けて通れない課題に対し、限られた人材や財源で公共サービスをどう維持し、さらに質を高めていくのか。「取りまとめ2026」が示しているのは、デジタルやAIを活用しながら、行政や社会の仕組みそのものを見直していくという方向性です。デジタル行財政改革は、行政の効率化にとどまらず、AI時代にふさわしい公共サービスのあり方を模索する新たな段階に入ったといえるでしょう。
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