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芹澤プロに聞く①「チームセリザワを盛り上げるリーダーの役割」

2021年1月6日

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 芹澤信雄プロは、ツアープロとして大活躍するだけでなく、テレビのゴルフ番組やトーナメント解説でもおなじみの存在です。芹澤プロのもとには、賞金王に輝いた藤田寛之プロや宮本勝昌プロ、女子ツアーで活躍する西山ゆかりプロらツアープロが人柄を慕って続々と集まり、今では「TEAM SERIZAWA(チームセリザワ)」と呼ばれるようになりました。今回は、芹澤プロの経験に基づくチームマネジメントについて伺いました。

【プロフィール】
芹澤 信雄(せりざわ のぶお)
㈱TSIグルーヴアンドスポーツ所属。1959年11月生まれ。静岡県御殿場市出身。富士平原ゴルフクラブ研修生を経て82年春に22歳でプロテスト合格。87年日経カップでプロ初優勝。96年日本プロゴルフマッチプレー選手権でメジャー初優勝などレギュラーツアー5勝。2009年にシニアツアーデビュー後、2010年富士フイルムシニアチャンピオンシップで初優勝。現在はシニアツアーを主戦場とするほか、太平洋クラブ御殿場コースに「チームセリザワ・ゴルフアカデミー」を設置し後進やアマチュア、ジュニアの指導にも力を入れている。

スキー選手をあきらめ、アルバイト先のゴルフ場に研修生として入社

――ご出身である静岡県御殿場市周辺には歴史のあるゴルフ場が多くありますが、そうした環境で小さい頃からプロゴルファーを意識されていたのでしょうか

 いえ、実は中学、高校までスキーに打ち込んでいました。その頃は静岡県にスキー場があまりなかったので、シーズンになると長野県まで遠征し、車中泊しながらトレーニングしていましたね。そのかいあってか、高校生の頃には静岡県代表として国体にも出場しました。

 ゴルフとの縁ができたのも、高校生のときでした。といっても競技としてではなく、最初はアルバイトとしての関わりでした。スキーは遠征したり、道具を揃えたりと何かとお金がかかります。その費用を稼ぐために、高校1年生のときから、近所にあった富士平原ゴルフクラブでキャディーのアルバイトをはじめました。

 当時は、「ゴルフはおじさんのスポーツ」だと思っていて、プロゴルファーになろうなんて気は全然起きませんでした。お客さんが短いパットを外したり、ミスショットしたりするのを見て、「下手だなあ」と思っていたのを覚えています。今考えると、当時の自分がいかにゴルフを知らなかったのかと、少し恥ずかしくなりますね。

 高校3年生になり、そろそろ進路を考えるときになっても、大学に進学してそのままスキーを続ける気でいました。ところが、家庭の事情で進学を断念しなければならなくなったのです。「どうしようか?」と悩んでいるときに、父から口添えもあってアルバイト先の富士平原ゴルフクラブに研修生として入社することになりました。

 富士平原ゴルフクラブに入ることが決まった高校3年の9月、プロに誘われてハーフラウンドすることになりました。アルバイトのときは単純なスポーツだと思っていたのに、自分がやってみると短いパットも入らないし、スイングしてもボールにまともに当たらない。それから、ゴルフに対する見方が180度変わりました。「やりがいがあって、面白そうだな」と気づいたのです。

 それからは学校に行く前に練習、夕方もコースに行って練習という毎日。最初はハーフで60台というスコアでしたが、師事していたプロから「年末までに30台で回れ!」と厳命されました。ハーフラウンドを何とか38で回ることができたのが12月28日。それが自信となってプロを目指そうと決めました。

 25歳までにプロテストをパスできなかったら、あきらめてキャディーマスター室で働くというのが入社の条件でした。幸い22歳の春にプロテストに合格することができました。

キャディーとして西山プロの初優勝をサポート

――芹澤プロはその後、トッププロとして活躍されます。現在は、プロゴルファーが集まった「チームセリザワ」としての活動も増えてきていますが、どのような経緯があったのでしょうか

 ツアープロとして経験を積むにつれ、先輩とのお付き合いも増えていきました。そのうちに丸山智弘プロと練習ラウンドを回ったり、一緒に行動したりすることが多くなりました。

 また、藤田寛之プロは、静岡の試合で私のバンカーショットを見て、「ああいうショットをするプロに教えてもらいたい」と思ったそうです。その話が共通の知り合いから伝わって、藤田プロとともに練習するようになりました。

 宮本勝昌プロの場合は、顔見知りだった彼の叔父さんから「一度様子を見てあげてほしい」と言われたのがきっかけです。宮本プロはジュニア時代から活躍している選手ですし、名門と言われる大学ゴルフクラブで腕を磨いてきて、日本アマチュア選手権のタイトルも持っています。いわばゴルフのエリートコースを歩んできたわけです。最初は、「叩き上げである私のアドバイスが聞けるかな?」という疑問がありましたが、宮本プロがその気だというので受け入れました。

 そうした感じで、私の周りに集まるメンバーが徐々に増えてきました。自然と集まったメンバーで、ツアーに行ったときに練習ラウンドしたり、食事に行ったり、合宿に出かけたりと一緒に行動していました。それを見たゴルフ雑誌の記者が言った、「皆さん一体感があって雰囲気がいいですね。“チームセリザワ”というか……」という言葉が定着していったのです。

――それからは女子プロもメンバーとなり、西山ゆかりプロが初優勝したときには芹澤プロ自身がキャディーを務めました

 2015年の試合ですね。西山プロは実力があるのに、優勝争いをしているとなぜか最終日に崩れるということが多く、優勝に手が届かなかった。メンタルに問題がありそうだと感じ、私がキャディーを買って出ました。プレーヤーと同じ場所で、西山プロがどういう状況でどういう判断するのかを見たかったからです。ロープの外からギャラリーとして見るだけでは、適切なアドバイスはできませんから。

 その試合は優勝争いをしながら最終日を迎えました。朝食の会場に足を運ぶと、テーブルで彼女がため息をついているのです。話を聞くと、ビュッフェの朝食で彼女はあれこれ山盛りに持ってきたのに、「ダメです。食べられません」と言うのです。

 こういう場合、つい「しっかり食べなければ駄目だ」とハッパをかけたくなるものですが、メンターとしての役割を考えるなら、自分の言動で相手に負担をかけるのは賢くありません。それよりも、相手の不安を肯定してあげる方が、緊張を和らげるのに効果的です。そこで、「普通は緊張で食べられないものだよ。1日くらい食べなくても平気」と声を掛けたところ、ホッとしたのか、山盛りの朝食を完食していました。

 こうした気配りが功を奏したのか、西山プロはいつものように試合の最終日でスコアを崩すことなく、初優勝を手にすることができました。

メンバーはそれぞれ独立したプロ。自主性を重んじる

――リーダーとして、チームをまとめるために必要なことはなんでしょうか

 チームセリザワのメンバーは、プロとしてのテクニックはそれぞれ持っています。リーダーとしてああしろ、こうしろと口を出すことはあまりないんです。そもそも、私自身がツアープロとして活動しているため、メンバー全員に目配りできるわけではありません。あくまでも各人の自主性を重視しています。ただ大事な場面では先輩として、「プロならばこうすべし」というアドバイスを伝えます。

 藤田プロは50歳になったので、シニアツアー参戦の権利があります。ただ本人としては、まだレギュラーツアーを主戦場にしたい思いが強い。しかし、私は「スポンサーも望んでいるからシニアツアーに出場しなよ」と促し、藤田プロも出場することを決めました。そうした、ビジネスの観点からアドバイスをすることもあります。

――藤田プロがシニアツアーに参戦するとなると、芹澤リーダーの強力なライバルになりますね。

 藤田プロは2012年の賞金王ですし、海外のメジャートーナメントにも出場するなどトッププロの1人です。その彼をライバルと言うなんておこがましいですよ。それでも私の経験からアドバイスできることがあれば、手助けはします。

 チームセリザワには若手のプロも加わるようになりました。最近では林菜乃子プロ。契約しているスポンサーが同じなので、その関係で紹介されたんです。当時まだ20歳で、「20歳の女の子を教えるなんてできないよ」と私の方が及び腰。でも本人にやる気があるというので、練習ラウンドを回ってみて一緒に活動することにしました。まだステップアップツアーが主戦場ですが、今後成長すると思います。

 若手のプロに私が直接指導できないときは、藤田プロや宮本プロをはじめとしたメンバーが私に代わってアドバイスしています。チームで活動する大きな利点には、そうした「お互いを支え合える」ということもありますね。

 【第2回】では、自身の失敗経験を生かしたコーチング法や、パッティングのワンポイントアドバイスを伺いました。

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