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ビジネスコラム

大和田紗羅プロに聞く①「ドラコン世界一の経験をビジネスへ  ~飛距離アップの専門家が描く未来図~」

2026年01月21日

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 女子ドラコン世界チャンピオンのタイトルを持ち、ティーチングプロとしても活躍する大和田紗羅氏。かつてはツアープロをめざしていましたが、進路に大きな転機が訪れたことで、ティーチングプロとしての新たな道を選び、さらにドラコンにも挑戦することになりました。前編では、その大きな決断に至るまでの背景や現在のビジネスビジョンがどのように形成されたのかを伺いました。また、ゴルフとの出合い、そして東日本大震災による困難な時期をどのように乗り越えたのか、その歩みにも迫ります。

【プロフィール】
大和田 紗羅(おおわだ さら)
1994年6月生まれ。福島県郡山市出身。福島県立富岡高等学校卒。2022年1月日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)入会。JLPGAティーチングプロA級、JLPGAジュニアゴルフコーチ。同年9月PLDA女子ドラコン世界選手権(栃木・那須小川ゴルフクラブ)で日本人初のタイトル獲得。公式最長飛距離は342y。飛距離に悩むゴルファーに向け「飛ばし」に特化したレッスンをメインに提供している。

「プロゴルファーになる」と決めた高校時代。震災で迎えた転機

――ゴルフを本格的に始められたのは15歳ということですが、そもそもゴルフとの出合いはどのようなものだったのでしょうか

 本格的に取り組み始めたのは高校に入学してからですが、ゴルフとの出合いはもっと早く、祖父の家の庭にアプローチの練習場があり、幼い頃から遊び感覚でゴルフに触れていました。中学時代はソフトボール部に所属していて、ピッチャーで4番を打つなどスポーツは昔から得意でした。ゴルフを本格的に始めるきっかけになったのは、中学の時に初めて家族と一緒にラウンドしたことです。この時のスコアが103で、家族みんなが「これはいけるかも」と思ってくれたようで、将来はプロゴルファーをめざすという雰囲気が自然とできた気がします。

 ゴルフを始めて半年ほどは、父と一緒に地元の練習場に通っていましたが、もっと本格的に取り組むために、家族と相談してゴルフ部が強い福島県立富岡高等学校に進学しました。富岡高校にはスポーツ科があり、ゴルフだけでなくサッカーなどでも全国レベルの選手が集まる学校でした。

――スポーツ科でのゴルフ練習は相当厳しかったのではありませんか

 本当に厳しかったです。ですが、入学当初から「プロになる」と決めていたので、その覚悟を持って練習に取り組んでいました。朝は6時から朝練、7時半に終えてから授業に向かい、午後からはスポーツ科の実習としてゴルフの練習。そして授業が終わると、そのまま夜の8時頃まで練習に打ち込む日々でした。まさにゴルフ漬けの毎日で、週7日、1日何時間練習していたのかも分からないほどでした。寮生活でしたが、周囲には遊ぶ場所もほとんどなく、やることといえばゴルフしかないような環境でした。今思うと、それが逆に集中できた理由かもしれません。

――高校入学後の2011年に東日本大震災が発生しました。どのような影響がありましたか

 高校1年の終わり、卒業式の翌日に東日本大震災が発生し、状況が一変しました。富岡町は原発事故の影響で一部が「帰宅困難区域」に指定され、富岡高校も休校になってしまいました。避難先の郡山市は制限区域ではありませんでしたが、ゴルフクラブは富岡町のゴルフ場に置いたままだったので、しばらくゴルフができない状態が続きました。その後、半年ほどは名古屋に住む伯父のもとで学校にも通わずに過ごしていました。

 富岡高校が再開されない雰囲気だったので、郡山市に戻り転校しましたが、そのまた半年後に、富岡高校が福島市の福島北高校の敷地内にサテライト校舎を設置して再開したのです。それを知って、もう一度「やり直そう」と思い、復学しました。その場所は、練習場やゴルフ場へも自転車で通える距離にあったので、環境としては非常に恵まれていました。一方で、大きな大会が中止になるなど、モチベーションが少し落ちてしまった時期でもありました。しかし、この高校時代に培った、逆境の中でも諦めずにゴルフに打ち込む決意と、ゴルフを「仕事にする」という気持ちが、その後JLPGAティーチングプロ、そしてドラコン世界チャンピオンという「飛ばしのプロフェッショナル」としてのキャリアを切り拓く原点となったかと思います。

「ツアープロ」から「教えるプロ」へ。大きな決断と再出発の中で見つけた自分の道

――震災後の困難な状況でも、「プロになる」という決意は変わらなかったのですか

 はい。高校時代は震災という大きな出来事に直面しましたが、それでも「プロになる」という目標は揺らぎませんでした。支えてくれたのは、一緒に練習に励んだ仲間や先輩たちの存在です。特に印象に残っているのは、一つ上の先輩であり、2012年度のプロテストに合格された岸部桃子さんの存在です。彼女の妹で私の1学年下にあたる岸部華子さんも、現在はJLPGAのA級ティーチングプロとして活躍されています。高校卒業後は、地元でプロテストをめざして練習を続けていたのですが、19歳の時に岸部桃子さんとラウンドした際、「一緒にやってみない?」と声をかけていただき、「江連忠ゴルフアカデミー」に入ることになりました。そこでは岸部姉妹と私の3人で、互いに刺激を受けながらゴルフの技術を磨きました。

――プロテスト合格をめざす中で、ツアープロからティーチングプロへの転身を決断されたのは、どのような経緯だったのでしょうか

 プロテストには22歳まで挑戦し続けましたが、結果として合格することはできませんでした。そこで、プロテストという狭き門から一度退くことを決意し「これまでの経験を活かして、ゴルフを仕事にするにはどうすればいいか」と真剣に考えるようになりました。ちょうどそのタイミングで、1か月後にティーチングプロの試験を受ける機会がありました。この出来事が心の整理をつけるきっかけとなったのです。競技者として技術を追求する気持ちは持ちつつ、「どうせやるなら、指導者として最高の資格をめざそう」と思うようになり、JLPGAティーチングプロのA級資格取得を新たな目標に定めました。もしあの時、その試験がなかったら、「また来年プロテストに挑戦しよう」と気持ちを切り替えられないままだったかもしれません。

また、私が22歳の時に、1998年生まれのいわゆる「黄金世代」と呼ばれる才能ある若手選手たちが次々と登場してきました。彼女たちのプレーを見て圧倒されると同時に、「自分には別の道がある」と素直に思えるようになりました。競技とレッスンでは求められるものが違います。だからこそ、そこからティーチングプロA級の資格をめざすことに集中しました。今思えば、この選択は間違いではなかったと感じています。ゴルフを「教える」という立場で関わることも、私にとっては大切な夢の形なのです。

世界一の経験をビジネスに。リアルとデジタルで「飛ばし」を発信

――ティーチングプロの資格取得後、すぐにドラコン世界選手権へ挑戦されたきっかけは何だったのでしょうか

 ゴルフレッスンを提供する日々の中で、心のどこかで「何か物足りない」という感覚がありました。もちろん教えること自体は好きでしたが、自分自身にもう一度「挑戦する機会」が欲しかったのです。ちょうどその頃、コロナ禍の影響でレッスンの機会が減っていたこともあり、「30歳になる前に何か新しいことに挑戦したい」と考えるようになりました。そして思い切って、以前から興味のあったドラコンの世界に飛び込むことにしたのです。もともと飛距離には自信があったので、「もしかしたら、いけるかもしれない」という気持ちが、その一歩を後押ししてくれました。

 ドラコンに取り組む中で、飛距離を伸ばすために最も大きく変えたのは食生活です。ただ筋力をつけるだけではなく、筋肉をしなやかに動かせる状態を保つことが重要だと考え、脂質はほぼカットして、たんぱく質と糖質を中心とした食事に切り替えました。トレーニングの内容も見直し、長距離を走るような持久力系の運動ではなく、背筋や胸筋を鍛える高負荷のウエイトトレーニングへシフト、少ないセット数でしっかり負荷をかけるスタイルに変えました。

 そして練習では、インターバルトレーニングを導入。10球を全力で打ち、少し休んでまた10球というセットを10セット、合計100球行う中で、毎回クラブスピードを計測し、限界突破をめざしました。その結果、以前は42m/sほどだったクラブスピードが、フルスイングでは49~50m/sまで伸びました。通常のラウンドゴルフとはまったく違うトレーニングで、新鮮さと発見がありましたね。

――見事、ドラコン世界一のタイトルを獲得されました。今後の目標やビジョンについてお聞かせください

 ドラコン女王という目標は達成できましたが、現在はその世界一という実績を最大限に活かし、「飛距離に特化したレッスン」に軸足を移しています。この貴重な経験と実績は、生徒さんに対して自信を持って「飛ばしのノウハウ」を提供できる、私の指導の根幹になっています。飛距離を伸ばすための理論と技術、そしてメンタル面での知見を分かりやすい形で伝えていきたい。そのような思いから、レッスンや情報発信を通じてビジネスとして展開していくことに重きを置いています。

 現在はYouTubeでのレッスン動画をはじめ、SNSでも情報を発信しています。YouTubeではAIの自動翻訳機能により、海外の方々にも動画を見ていただけるようになり、グローバルな広がりも実感しています。もちろん、対面のリアルレッスンも続けていて、SNSで私を知って、全国からレッスンを受けに来てくださる方も増えました。今後も「飛ばし」に特化したレッスンを軸に、リアルとデジタルの両面で発信を続けていきたいと考えています。ツアープロをめざした道のりも、ドラコンの経験も全てが今のレッスンの中に生きています。

1/28公開の「後編」につづく

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